*研究内容 − クォークから原子核・原子へ、原子から宇宙へ [#pa268aa6]
宇宙を構成する基本的な粒子はクォークです。クォークが集まり陽子や中性子を作る、そしてそれらが集まり原子核となります。そこは日常では経験し得ない、強い相互作用に支配されたサブアトミックの世界。まだ我々が理解し得ていない謎が数多く残されています。核物理研究センター理論部では、サブアトミック(素粒子・原子核)世界の基礎から応用まで、幅広い研究を多岐にわたって行なっています。


**ハドロンの形成 -- &size(8){質量の生成、クォークの閉じこめ、カイラル対称性の破れ 等}; [#s97c578c]
***ハドロン分光学 [#w8d4f423]
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-ハドロン生成反応~
ハドロンの構造を調べるために、様々な反応が利用されます。1 GeV(ギガ=10億電子ボルト)程度のエネルギーを持つ光子や中間子、陽子などを陽子などの標的に衝突させることによって内部に入り込み、クォークがどのような状態にあるかを調べることができます。同時にこのエネルギーは、これらの粒子の質量そのものに相当するので、この様な衝突反応では、粒子や反粒子の生成を伴います。
RCNPの実験グループLEPSチームは、SPring-8で2.3 GeV光子を利用した実験を行っています。光子を陽子に衝突させ、様々な中間子が生成されます。我々理論部では、このハドロン反応の研究を通してハドロン構造の様々な側面を探っています。強い相互作用をするハドロンは、量子力学の不確定性関係により、短い時間や距離のところで様々な状態に変化しています。これらの変化を詳しく調べることで、ハドロンを作る量子色力学の難解な側面を解決する糸口が見いだせると考えられています。光子の実験では、光のもつ偏光や、電気的・磁気的相互作用の性質をうまく利用することで、他の反応では実現することのできない研究を展開しています。
ペンタクォークも生成されていると考えられていますが、現在、その機構はわかっておらず、今後の理論研究の進展が強く望まれています。我々が取り組む最も重要な課題です。
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-ペンタクォーク~
これまでに見つかっているハドロン粒子群は、バリオン(重粒子)はクォーク3つ、メソン(中間子)はクォーク2つ(クォークと反クォーク)からできていると考えられています。ところが、ハドロンが複合粒子である以上、4つ以上のクォークを必要とするハドロンがあるのではないかという疑問が起こります。このように、いくつものクォークから成る粒子は、エキゾチックなマルチクォーク粒子とよばれています。そのような粒子の最も代表的なものが5つのクォークから成るペンタクォーク粒子です。
マルチクォーク粒子の疑問は、量子色力学の最も難しい問題であるクォークの閉じこめ、質量の起源、カイラル対称性の自発的な破れの問題を解く手がかりと考えられています。
ロシア人のDiakonov達による理論の予言をうけて、2002年に阪大RCNP中野達のLEPSグループによってその存在が世界に先駆け報告されました。その後、多くの研究者がこの研究に携わりました。RCNP理論部でも、この課題は最も重要な課題として取り上げられ、これまでに、クォーク模型、カイラル模型等による構造と生成反応の研究に取り組んできました。
最近では実験から否定的な結果が多く出され、また理論研究でも異なる結果が予想されるなどして、今後さらなる研究が望まれるのが現状です。このことは、量子色力学の最も困難な側面を象徴しているのかもしれません。新しい発想を必要とする研究分野であることに間違いありません。
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-超弦理論とQCD~
物質は非常に高エネルギー(高温・高密度)になると、原子核の中の核子(陽子や中性子)に閉じ込められていたクォークやグルーオンが解放され、「強い相互作用」に従う量子多体系になると考えられています。この強い相互作用を記述する基礎理論として、1966年に量子色力学(QCD)が提案されて以降、物質と相互作用の研究が長年に渡り進められてきました。
QCDは低エネルギーでは相互作用が強くなり、クォークとグルーオンは核子の中に閉じ込められて、QCDが持つシンプルで美しい対称性も壊れていきます。しかし、我々の日常的な低エネルギースケールの事象の中に、「もともとどのような対称性に支配されていたか」という痕跡を見出していくことは、多様な世界の根源的なからくりを理解していく重要なプロセスを与えていると言えます。
2005年、この低エネルギー(強結合)のQCDの性質が「ゲージ/重力双対性」という全く新しい概念によって、超弦理論の非常に簡単な計算で評価できることが明らかになってきました。これによって、QCDから直接議論することが極めて困難だった、低エネルギー(強結合)の複雑なシステムである中間子やバリオンなどの、観測可能な複合粒子の性質が、いまや超弦理論の枠組みで一意的に解明されつつあります。
一方で、QCDの予言として、クォークが集まってできる物質(クォーク・マター)は、物性物理学における金属超伝導体や超流動液体ヘリウムのようや性質を示すことも議論されてきました。また、超弦理論自身は、理論に「閉じた弦」が現れることによって、必然的に重力理論を含むことになり、天体核物理学における巨視的な重力システムと時空の構造の解明に、主要な役割を果たしています。従って、今回発見された「ゲージ/重力双対性」は、QCDと超弦理論、物性の凝縮系物理学や天体核物理など、多岐に渡る物理学諸分野の「懸け橋」としての役割も期待されています。
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***エキゾチック原子・原子核 [#iaba19f2]
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-エキゾチック原子(核)とは?〜中間子原子・中間子原子核〜
--原子では、正の電荷を持つ原子核の周りに負の電荷を持つ電子が、クーロン力で束縛されています。そこで、負の電荷を持つけれども電子とは別の粒子(ここでは主に中間子)を束縛させたものを、エキゾチック原子(中間子原子)と呼びます。また、それがクーロン力ではなく原子核を構成する力でもある強い相互作用によって原子核に束縛されているものを、エキゾチック原子核(中間子原子核)と呼びます。
-どうやって作る? ~missing mass 分光編~
--[step 1] 加速された粒子を、標的原子核に衝突させ、
--[step 2] 核反応により目的の中間子を作り出し、
--[step 3] 出てくる粒子のエネルギー・個数を計測する。
-どこで出来る? 
--適切なエネルギーの入射粒子を作り出す為には、大規模な加速器が必要です。日本では、兵庫県の SPring-8 で 2.3GeV の光子が利用できる他、現在 KEK (高エネルギー加速器研究機構)と日本原子力研究所との共同で大強度陽子加速器プロジェクト(J-PARC) が進行中で、茨城県に大規模な加速器が建設されており、様々な新しい発見が期待されています。 
-何が分かる?
--このようなエキゾチックな状態を人工的に作ることで、粒子の有限媒質中での振る舞いや、原子核の間に働く相互作用を調べることが出来ます。それによりカイラル対称性を始めとする、様々な物理を明らかにしていくことを目指しています。

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***Super Computerを使った格子QCD計算 [#y5518cda]
量子色力学(Quantum ChromoDynamics, QCD)は、「強い相互作用」と呼ばれる、原子核・ハドロン程度の非常に小さな系を支配している力を記述する理論です。しかしながら、QCDは低エネルギーで相互作用が強くなる性質を持つため、QCDから原子核やハドロンの性質を導くことは困難になります。格子QCDは、このような低エネルギー領域において、QCDの第一原理計算を行うことができる唯一の方法です。この方法ではまず、時空を格子状に区切り、さらに体積を有限化することで経路積分の自由度を有限化します。その上で、モンテカルロ法を使って、数値的に経路積分の評価を行います。理論の発展、コンピュータ・パワーの増加に伴い、様々な物理量が格子QCDによって計算されるようになり、それらは現実とよく一致していることが知られています。
RCNP理論部では、格子QCDを用いて、QCDの著しい特徴である「カラーの閉じ込め」現象の解明にチャレンジしています。この現象は、QCDに現れる、赤・青・緑の「カラー」を持ったクォークやグルーオンが、単体では観測されず、必ず「カラー白色」の状態であるハドロンとして観測されるというものです。QCDから「カラーの閉じ込め」を導くのはとても難しい問題で、未だ解決に至っておらず、クレイ数学研究所は問題解決に一億円の賞金をかけているほどです。我々のグループでは、この現象の解明のため、ゴーストと呼ばれる粒子の伝播関数や、クォーク間ポテンシャルの研究を行っています。また、カラーの閉じ込めは、QCDの相転移温度(2兆度!)を超えると無くなると考えられていますが、このような非閉じ込め相でのハドロンの状態を調べる研究も行っています。
格子QCDには非常に大きな計算量が伴います。現在私たちは、2007年に新しく大阪大学に導入されたベクトル並列型スーパーコンピュータSX-8Rを用いて、大規模な数値計算を行っています。2008年には更に高速なマシンの導入が予定されており、研究に拍車がかかると期待しています。
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**原子核の形成 -- 原子核の(不)安定性、核反応による元素合成 等 [#iea3d256]
***原子核における相対論的効果 [#rdf0836c]
-相対論的原子核模型
原子核を構成する陽子と中性子(核子)、そしてその核子間に働く相互作用(核力)を相対論的な運動方程式に従うとした原子核模型を総称して相対論的原子核模型と呼んでいます。私達はこの相対論的原子核模型を使い、原子番号が8の酸素原子核から原子番号が120を超えるようなまだ観測されていない超重原子核にわたり、安定な原子核、陽子過剰核、中性子過剰核といった不安定な原子核における核内部の構造や核力の統一的な理解に向けた研究を進めています。
こうした研究は、原子核の励起構造を調べることや、星の内部などに実現される核子の高密度状態や中性子星に関する研究にも結び付いています。
私達はさらに原子核を相対論的に扱うことで自然に現れてくる核子の負のエネルギー状態が原子核の構造に及ぼす効果に関する研究も行っています。
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上図は横軸が陽子数(原子番号)、縦軸が中性子数で、核図表(nuclear chart)と呼ばれるものです。相対論的原子核模型によって計算された原子核の束縛エネルギーを実験値と比較しています。ずれが大きいところを探したり、その理由を調べたりします。

-少数系
原子核を相対論的に記述する研究を行っています。

-原子核を相対論的に記述する必要性
--現在までのところ原子核の性質や散乱現象を説明する研究はすでに多数存在しています。
それらの研究では多くの場合原子核を非相対論的に記述しており、相対論的効果は非相対論的な計算に対する補正として取り扱われることが多いという現状です。しかしながら、軽い原子核の電磁的性質、特に中エネルギーから高エネルギーにかけての電子との反応は本来相対論的な効果を考えることが本質であると考えられていますので、完全な相対論的な枠組みの構築が求められています。

-相対論的に原子核を記述する利点
--相対論的に原子核を記述する利点は大きく分けて4つあります。
  1.相対論的な運動力学の効果が自然に含まれる
 2.4元スピノールを考慮することにより、Spin, LS力が自然に入る 
 3.Z-graphを通じてExchange currentの効果の一部が自然に含まれる
 4.負のエネルギー状態を考慮することが出来る

-現在までの研究の結果
--現在までのところ、最小の原子核である重陽子を研究した結果、相対論的な枠組みに特有の状態である負エネルギー成分を考慮した場合に実験結果を体系的に再現できることが分かりました。(下図参照)

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--図:負のエネルギー成分を取り入れた場合と取り入れない場合の荷電形状因子FC、磁気形状因子FM、電気4重極形状因子FQの計算結果の比較。横軸は運動量移行。点線が負のエネルギー成分を取り入れない計算。実線が負のエネルギー成分を取り入れた時の計算。青は実験値と誤差。

-これからの展望
--現在は2核子系である重陽子ですが、将来的にはより多くの核子で構成される原子核を相対論的に記述することを目指しています。


***パイ中間子理論の基礎からの再出発 [#o7a40d82]
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-パイ中間子は、核力を媒介する粒子として、1935年に湯川秀樹博士によって導入されました。原子核を形成するのに必要な強い相互作用は、パイ中間子が核子(陽子や中性子)から発生して他の核子が吸収するという交換過程によって生じるとする考えです。核子はパイ中間子を交換すると、スピン状態の変化、アイソスピンの量子数(陽子と中性子状態)の変化、およびパイ中間子自体が負の内部パリティをもつことから核子の状態のパリティ変化、および非常に広い運動量空間を要するといった複雑な変化をもたらします(図1)。

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-この複雑さのために取扱いが難しく、この相互作用の有効的な効果を中心力といった単純な相互作用に表現した方法や、摂動論がとられていました。一方で、この複雑さは、核力の様々な性質をみごとに説明します。つまり、交換する2核子の状態、スピン、アイソスピン、パリティおよび角運動量状態に強く依存している交換性や、主要で強い非中心力であるテンソル力の説明等です。
私たちの研究室ではパイ中間子論の基礎に基づいて、パイ中間子の交換力が持つ複雑な性質を素直にまじめに取り扱った理論の構築をして、多くのこれまで説明できなかった原子核構造に関わる現象の理解を試みようとしています。この見方は原子核の描像を大いに変更するものです。この変革は丁度、クーロン力のような電気力から磁気力のような磁気双極子力で原子核が構成されているというくらいの大変革です。
パイ中間子交換力の非相対論的な表現はテンソル力です。非相対論的な理論の枠組みとしては、テンソル力を取り扱うために、殻模型に基づいて最適化された理論を構築して、例えばクラスター構造や、中性子ハロー原子核の構造のテンソル力の役割の研究が試みられています。
もう一つの理論的枠組みとして、相対論的平均場理論を土台にしてパイ中間子が主導的役割を担うのに十分な模型空間をもつ理論の構築を行っています。パイ中間子は、ハドロン物理学で非常に重要な対称性であるカイラル対称性の自発的破れに伴って発生する、南部-ゴールドストン粒子です。原子核ではこのカイラル対称性が破れた世界であると考えられていますが、原子核中ではこの対称性が部分的にどのくらい回復されるのかが大きな問題となっています。そのために、カイラル対称性をもった線形シグマ模型という相互作用を用いて理論を構築していきます。もしこのような疑問に答えていくことができれば、物質の階層を跨いで対称性を軸とした統一的な理解を得ることができるようになるかもしれません。その議論のために先ず、パイ中間子交換力を余さずとり扱うための理論の枠組みの改良、そしてその特徴がどのような物理量にどのように反映されるのかを探っています(図2)。

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***クラスター構造と不安定核 [#t8f3f9c5]
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-原子核は陽子と中性子からなる量子多体系であり、その形状は球形や楕円形など中心が一点である一体場描像がよく成り立ちます。その一方、原子核中で数個の陽子と中性子が部分的に一つの塊(クラスター)を形成する状態も存在します。例えば8Beはα粒子 (4He) が2個(α-α)から成る系です。更に炭素(12C)においては、基底状態はほぼ球系ですが、励起状態は3個のα粒子に発達した状態(下図)になります。その他にも複数のクラスターからなる原子核の状態が考えられ、元素合成においても重要な役割を果たしています。私達はこれら多種多様なクラスター構造の形成機構を調べています。
最近、実験で不安定核(陽子または中性子の一方が過剰な原子核)を人工的に作ることが可能になり、その性質が興味を持たれています。不安定核でもクラスター構造は存在します。例えば11Li(陽子数:中性子数=3:8)では9Liコア核+2 中性子(下図)のようになり、その外側は中性子のみが存在しています。その他にもどの様な新しいクラスター構造が不安定核で出現するのか私達は探っています。

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