*はじめに [#intro]

原子核とは、原子の中心に存在し、原子の質量のほぼ全てを担う粒子で、陽子と中性子(総称して核子)が中間子を媒介して強く結合したものです。原子と原子核の大きさの比は、野球場のグラウンドと米粒程にも異なります。中間子の媒介によって生じる「強い力」によって、極めて小さな空間の中に、原子のほぼ全てのエネルギー((アインシュタインにより、質量とエネルギーは等価であることが示されています(質量公式)。))が、原子核として閉じ込められているのです。

#ref(figures/nucleus.png,nolink,center,45%)

//原子核は、多様な性質を持つ有限量子多体系であることが知られています。原子核の基底状態は、核子(陽子と中性子の総称)がぎっしりと詰まった状態、すなわち密度が飽和した状態と考えられていますが、同時に、ひとつの核子に注目すると、それが他の核子集団が形成する平均ポテンシャル中を運動するという描像も成立しています。このいわゆる「平均場描像」に基づけば、原子核は特定の核子数ごとに固い殻(シェル)を形成し、安定化するという結論に至ります。これが原子核の殻構造です。しかしその一方で、軽い原子核や原子核の励起状態では、原子核を形成する核子集団が部分系に分かれて存在することもあります。これはクラスター(房)構造と呼ばれます。


全ての原子核は核子から構成されています。また、核子と核子の間にはたらく相互作用も非常に良く理解されています。それにも関わらず、核子の集団である原子核が示す様相は、我々の想像を遙かに越えて多彩です。例えば下の図を見てください。

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この図の左側に示したのは、ヘリウム6という原子核です。ヘリウム6は2つの陽子と4つの中性子から出来ていますが、2つの陽子と2つの中性子は、ヘリウム4原子核(α粒子とも呼ばれます)として「固まる」という性質を持っています。従ってヘリウム6は、α粒子と2つの中性子から出来ていると考えられます。ここで重要なのは、2つの中性子は束縛しないし、α粒子と中性子も束縛しないという事です。ヘリウム6を構成するパーツのうち、どの2粒子も束縛しないのです。しかしヘリウム6は束縛します。これは、COLOR(blue){''構成粒子と基本相互作用が同じでも、3粒子系の性質と2粒子系の性質は全く異なる''}という事を意味しているのです。ちなみに、ヘリウム6はボロミアン核とも呼ばれます。イタリアのボロッメオ家の家紋(ボロミアン・リング)が、上で述べた性質を端的に表しているからです。どれか1つのリングを切ると、残り2つのリングは分離してしまう事が図から見て取れると思います。

これはほんの一例で、核子集団としての原子核は、極めて多彩で新奇な性質を持っています。この豊かな原子核の特性(''原子核物性'')を理解することこそ、原子核物理の最大の目的と言って良いでしょう。これは、世界を最小の構成要素に分解し、基本粒子と基本相互作用の解明を目指す、いわゆる素粒子的COLOR(blue){''還元主義とは異なる問題設定''}です。特に、原子核の高い励起状態と、陽子数・中性子数のバランスが崩れた不安定原子核は、有限量子系の多様性の宝庫として注目され、精力的に研究されています。

私たちのグループは、多様な性質を持つ原子核を、多角的に研究しています。特に、原子核単体の性質に留まらず、原子核同士の衝突・反応現象を理解することに力を注いでいます。原子核の性質は、加速器を中心とする様々な実験施設で原子核の反応を引き起こし、その結果を測定・分析することによって理解されてきました。最先端の理論が予言する原子核の性質を、観測結果との比較・検証によって''実証する''ことが、私たちの最大の研究目的です。

主な研究プロジェクトは、次の3つです。
+三位一体の原子核理論の推進
+非束縛原子核(核子系)の形成・存在形態・崩壊に対する動力学的研究
+宇宙核反応(宇宙元素合成過程)の描述および核反応論の核データ研究への応用

*メンバー [#member]
-[[緒方 一介>http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~kazuyuki/]] / Ogata, Kazuyuki~
RCNP准教授
-[[菊地 右馬>http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~yuma/]] / Kikuchi, Yuma~
RCNP特任研究員
-水山 一仁 / Mizuyama Kazuhito~
RCNP教務補佐員
-[[明 孝之>http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~myo/index.html]] / Myo, Takayuki~
RCNP招聘研究員 / 大阪工業大学講師
-福井 徳朗 / Fukui, Tokuro~
博士課程2年
-吉田 数貴 / Yoshida, Kazuki~
修士課程1年

 ※主要共同利用・共同研究のページは[[こちら>原子核物理学/共同研究]]。


*各研究プロジェクトの概要(やや専門的な内容です) [#project]

**三位一体の原子核理論の推進 [#trinity]

三位一体の原子核理論とは、原子核構造論・原子核反応論・有効相互作用の理論を真に連携させた理論を指します(下図)。

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これまでの約1世紀にわたる原子核研究において、核構造論と核反応論のある種の乖離があった事は否定できないと思われます。しかし、実験データ(散乱観測量)との定量的な比較に基づき、原子核の様々な性質を観測事実として確定するためには、両者の連携は不可欠です。また、原子核の反応現象を微視的に(核子間相互作用の集積として)記述する事も、定量的な議論にとって極めて重要です。特に、弾性散乱の実験データがほとんど存在しない不安定核については、光学ポテンシャル(原子核間の散乱を記述する1体ポテンシャル)を核子間相互作用から微視的に導出できるかどうかが、理論の精度を担保する上で決定的な要因となります。

私たちは、核物理研究センター内外の共同研究者との連携により、上記の三位一体の研究体制を構築し、それを集約したCOLOR(blue){''微視的核反応論''}によって、様々な観測データの分析とその背後にある物理の理解を進めています。自然界からの回答である実験結果を理論計算が説明できるか? これは理論に課された重大な要請と言えるでしょう。一方、理論的に予想される原子核の新たな特性が、どのように観測量に反映されるかを予言し、これを実際に実験によって実証していく事も、極めて重要な研究の形態であると考えられます。

**非束縛原子核(核子系)の形成・存在形態・崩壊に対する動力学的研究 [#unbound]

1990年代以降、天然には存在しない、陽子と中性子のバランスが大きく崩れた不安定原子核(不安定核)が、原子核物理学の重要な研究対象として注目されてきました。不安定核の研究によって、それまで原子核の基本的・普遍的な性質として信じられてきた密度の飽和性((原子核中では、核子がそれ以上近づけないくらいにぎっしりと詰まっていて、その半径が核子数の1/3乗に比例するという性質。))や魔法数((陽子または中性子が2, 8, 20, 28, 50, 82, 126の原子核は著しく安定である事が知られています。これは、核子の集団が一定数ごとに殻(シェル)を形成するためであると考えられています。これらの7つの数は魔法数と呼ばれ、原子核の性質を特徴付ける普遍的な数とみなされてきました。))が、安定核近傍でしか成立しない事が明らかになり、中性子が異常に拡がったハロー構造や魔法数の消失/発現など、新奇な物理が次々と見出されてきました。





#ref(figures/unbound.png,nolink,center,36%)





**宇宙核反応の描述 [#uchuukaku]

「我々はどこから来たのか?」

これは、形而上学的な問ではなく、原子核物理学の究極の目的を端的に示しているとも言える、純粋に物理学的な問である。すなわち、我々の体を構成している元素が、宇宙開闢から現在までの約137億年の間に、どこで、どうやって創られたかという問いかけである。誕生後間もない宇宙(=ビッグバンのおよそ1秒後)には、光とニュートリノ、そして小数の陽子・中性子・電子だけが存在していたと考えられている。炭素・酸素・カルシウムなど、生命の主要構成要素となる元素は存在していない。もちろん鉄や亜鉛などの金属も一切存在しない。これらの重い元素は、初期宇宙の構成要素から、何らかの方法で創り出されたと考える他ない。我々を形作っている、あるいは我々の身のまわりにあふれている様々な元素。その誕生の謎を解明することは、原子核物理学の最重要課題のひとつと言っても過言ではない。

#ref(figures/nucleosynthesis.png,nolink,30%)

元素の変化とは、すなわち原子核の変化である((これには莫大なエネルギーが必要であり、従って中世の錬金術は全て失敗したのである。))。従って、初期宇宙の構成要素から様々な元素を生成する過程の実体は、原子核反応に他ならない。我々のグループでは、そのような視点で捉えた原子核反応を''宇宙核反応''と呼び、その正確な描述に精力的に取り組んでいる。特に、不安定核が関与する粒子移行反応や分解反応の正確な反応解析を通じて、地上では直接測定できない、宇宙で起きている原子核反応の反応確率を決定する試みを展開している。また、これまでの研究で見落とされていた、3つの粒子が同時に反応・融合して新たな元素を生み出す反応(Ternary Fusion Process; ''TFP'')についても、重点的に研究を進めている。
//(研究トピック「[[赤色巨星が消える!?>研究トピック#ogata_r]]」を参照)。




***核融合炉用の材料照射試験プロジェクトへの貢献 [#IFMIF]

現在、核融合炉用材料照射試験のための大強度加速器中性子源の開発計画(International Fusion Material Irradiation Facility: IFMIF 計画) が、国際協力の下で推進されている。この中性子源として注目されているのが6,7Li(d, nx) 反応である。実際の中性子生成実験では、厚いリシウム標的に40MeV 程度の重陽子を入射する。このとき、重陽子は標的との相互作用により次第にエネルギーを失っていき、その過程で中性子の生成反応が起こる。従って中性子源の開発には、幅広い入射エネルギーにわたる6,7Li(d, nx)反応の核データが必要となるため、全てのデータを実験的に整備することは難しい。~
本研究は、この 7Li(d, nx) 反応を離散化チャネル結合法並びに Glauber 模型を用いて記述することにより、実験データの代替物となる理論計算値の提供を目指すものである。これまでの研究によって、我々のモデルは、40MeV入射の実験データを調整パラメータなしで再現することがわかっている。~
今後は、40MeV以下のエネルギーについても分析を進め、IFMIF 計画に必要な核データの理論的な整備を進めていく予定である。

*定例の会合 [#meeting]

**三位の会(REST meeting) [#m452f9e6]
毎週木曜日の10:00より、原子核物理学のミーティングを開いています。

//**原子核構造・反応セミナー [#aa80b48c]
//月に2回を目安に、内輪向けのセミナーを開催しています。~
//参照: [[核物理研究センター 核構造・反応ゼミのページ>http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~takasina/nsr.html]]

//**勉強会 [#oe496d37]
//実験のグループと共に、2週間に1度程度、勉強会を開催しています。~
//参照: [[勉強会のページ>http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/Divisions/np1-a/pukiwiki/index.php?%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%BC%9A2011]] (RCNP計算機のアカウント名とパスワードが必要)

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