はじめに

原子核とは、原子の中心に存在し、原子の質量のほぼ全てを担う粒子で、陽子と中性子(総称して核子)が中間子を媒介して強く結合したものです。原子と原子核の大きさの比は、野球場のグラウンドと米粒程にも異なります。中間子の媒介によって生じる「強い力」によって、極めて小さな空間の中に、原子のほぼ全てのエネルギー*1が、原子核として閉じ込められているのです。

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全ての原子核は核子から構成されています。また、核子と核子の間にはたらく相互作用も非常に良く理解されています。それにも関わらず、核子の集団である原子核が示す様相は、我々の想像を遙かに越えて多彩です。例えば下の図を見てください。

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この図の左側に示したのは、ヘリウム6という原子核です。ヘリウム6は2つの陽子と4つの中性子から出来ていますが、2つの陽子と2つの中性子は、ヘリウム4原子核(α粒子とも呼ばれます)として「固まる」という性質を持っています。従ってヘリウム6は、α粒子と2つの中性子から出来ていると考えられます。ここで重要なのは、2つの中性子は束縛しないし、α粒子と中性子も束縛しないという事です。ヘリウム6を構成するパーツのうち、どの2粒子も束縛しないのです。しかしヘリウム6は束縛します。これは、構成粒子と基本相互作用が同じでも、3粒子系の性質と2粒子系の性質は全く異なるという事を意味しているのです。ちなみに、ヘリウム6はボロミアン核とも呼ばれます。イタリアのボロッメオ家の家紋(ボロミアン・リング: 上図右側)が、上で述べた性質を端的に表しているからです。どれか1つのリングを切ると、残り2つのリングは分離してしまう事が図から見て取れると思います。

これはほんの一例で、核子集団としての原子核は、極めて多彩で新奇な性質を持っています。この豊かな原子核の特性(原子核物性)を理解することこそ、原子核物理の最大の目的と言って良いでしょう。これは、世界を最小の構成要素に分解し、基本粒子と基本相互作用の解明を目指す、いわゆる素粒子論的還元主義とは異なる問題設定です。特に、原子核の高い励起状態と、陽子数・中性子数のバランスが崩れた不安定原子核は、有限量子系の多様性の宝庫として注目され、精力的に研究されています。

私たちのグループは、多様な性質を持つ原子核を、多角的に研究しています。特に、原子核単体の性質に留まらず、原子核同士の衝突・反応現象を理解することに力を注いでいます。原子核の性質は、加速器を中心とする様々な実験施設で原子核の反応を引き起こし、その結果を測定・分析することによって理解されてきました。最先端の理論が予言する原子核の性質を、観測結果との比較・検証によって実証することが、私たちの最大の研究目的です。

主な研究プロジェクトは、次の3つです。

  1. 三位一体の原子核研究の推進
  2. 非束縛原子核(核子系)の形成・存在形態・崩壊に対する動力学的研究
  3. 宇宙核反応(宇宙元素合成過程)の描述および微視的核反応論を基軸とする核データ研究

メンバー

各研究プロジェクトの概要(やや専門的な内容です)

三位一体の原子核研究の推進

三位一体の原子核研究とは、原子核構造論・原子核反応論・有効相互作用の理論を真に連携させた原子核物理学の理論的研究を指します(下図)。

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これまでの約1世紀にわたる原子核研究において、核構造論と核反応論のある種の乖離があった事は否定できないと思われます。しかし、実験データ(散乱観測量)との定量的な比較に基づき、原子核の様々な性質を観測事実として確定するためには、両者の連携は不可欠です。また、原子核の反応現象を微視的に(核子間相互作用の集積として)記述する事も、定量的な議論にとって極めて重要です。特に、弾性散乱の実験データがほとんど存在しない不安定核については、光学ポテンシャル(原子核間の散乱を記述する1体ポテンシャル)を核子間相互作用から微視的に導出できるかどうかが、理論の精度を担保する上で決定的な要素となります。

私たちは、核物理研究センター内外の共同研究者との連携により、上記の三位一体の研究体制を構築し、それを集約した微視的核反応論によって、様々な観測データの分析とその背後にある物理の理解を進めています。自然界からの回答である実験結果を理論計算が説明できるか? これは理論に課された重大な要請と言えるでしょう。一方、理論的に予想される原子核の新たな特性が、どのように観測量に反映されるかを予言し、これを実際に実験によって実証していく事も、極めて重要な研究の形態であると考えられます。

非束縛原子核(核子系)の形成・存在形態・崩壊に対する動力学的研究

1990年代以降、天然には存在しない、陽子と中性子のバランスが大きく崩れた不安定原子核(不安定核)が、原子核物理学の重要な研究対象として注目されてきました。不安定核の研究によって、それまで原子核の基本的・普遍的な性質として信じられてきた密度の飽和性*2や魔法数*3が、安定核近傍でしか成立しない事が明らかになり、中性子が異常に拡がったハロー構造や魔法数の消失/発現など、新奇な物理が次々と見出されてきました。

現在、不安定核物理のフロンティアとして、陽子/中性子の存在限界線(ドリップライン)の外にある“原子核”すなわち非束縛核が注目されています。

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非束縛核は、粒子放出に対して不安定ですので、極めて短い寿命で崩壊します。従って非束縛核は、何らかの反応によって瞬間的に生成され、それが崩壊した粒子群として観測されます。非束縛核は、原子核の存在領域という概念そのものを拡張するものとみなす事ができます。また、その姿は、連続状態との強い結合によって通常の共鳴状態とは異なっている可能性があります。さらには、ドリップライン付近の原子核の励起状態と組み合わせた分析により、ドリップラインを横切る際の核構造の変化を明らかにする事ができると期待されています。

言うまでもなく、非束縛核の探究には動力学的反応計算が必要です。その生成から崩壊までを、微視的核反応論という1つの枠組みで記述し、謎の多い非束縛核の実体を解明するべく、メンバー全員で協力して研究を進めています。

宇宙核反応(宇宙元素合成過程)の描述および核反応論の核データ研究への応用

宇宙核反応の描述

「我々はどこから来たのか?」

これは、形而上学的な問ではなく、原子核物理学の究極の目的を端的に示しているとも言える、純粋に物理学的な問です。我々の体を構成している元素が、宇宙開闢から現在までの約137億年の間に、どこで、どうやって創られたかという問いかけです。誕生後間もない宇宙(=ビッグバンのおよそ1秒後)には、光とニュートリノ、そして小数の陽子・中性子・電子だけが存在していたと考えられています。炭素・酸素・カルシウムなど、生命の主要構成要素となる元素は存在していません。もちろん鉄や亜鉛などの金属も一切存在しません。これらの重い元素は、初期宇宙の構成要素から、何らかの方法で創り出されたと考えられています。我々を形作っている、あるいは我々の身のまわりにあふれている様々な元素。その誕生の謎を解明することは、原子核物理学の最重要課題のひとつと言っても過言ではありません。

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元素の変化とは、すなわち原子核の変化ですから、初期宇宙の構成要素から様々な元素を生成する過程の実体は、原子核反応に他なりません。我々のグループでは、そのような視点で捉えた原子核反応を宇宙核反応と呼び、その正確な描述に精力的に取り組んでいます。特に、不安定核が関与する粒子移行反応や分解反応の正確な反応解析を通じて、地上では直接測定できない、宇宙で起きている原子核反応の反応確率を決定する試みを展開しています。ここでも、微視的核反応論は本質的な役割を果たします。

微視的核反応論を基軸とする核データ研究

核反応率に高い定量性が要求される分野として、核データ研究があります。その目的は、エネルギー(核融合)・材料(放射線損傷試験)・医療(粒子線治療)等に必要な核反応のデータを整備する事にあります。この研究分野でも、微視的核反応論が活躍しています。

現在、原子炉で生成される長寿命の核分裂廃棄物(Long Lived Fission Product; LLFP)を、核反応を用いて危険性が低い原子核に変換する研究が再び注目されています。私たちのグループは、微視的核反応論を用いて、この核変換研究に必要な反応観測量(特に直接測定できない量)を理論的に計算(予言)し、これを粒子輸送計算コードPHITSに提供する役割を担っています。

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また、核融合炉用材料照射試験のための大強度加速器中性子源の開発計画(International Fusion Material Irradiation Facility: IFMIF 計画) にも携わっており、この中性子源として注目されている、リシウムに重陽子を入射させて中性子を生成する6,7Li(d, nx)反応の記述・理解を進めています。


*1 アインシュタインにより、質量とエネルギーは等価であることが示されています(質量公式)。
*2 原子核中では、核子がそれ以上近づけないくらいにぎっしりと詰まっていて、その半径が核子数の1/3乗に比例するという性質。
*3 陽子または中性子が2, 8, 20, 28, 50, 82, 126の原子核は著しく安定である事が知られています。これは、核子の集団が一定数ごとに殻(シェル)を形成するためであると考えられています。これらの7つの数は魔法数と呼ばれ、原子核の性質を特徴付ける普遍的な数とみなされてきました。

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