超弦理論とQCD

物質は非常に高エネルギー(高温・高密度)になると、原子核の中の核子(陽子や中性子)に閉じ込められていたクォークやグルーオンが解放され、「強い相互作用」に従う量子多体系になると考えられています。この強い相互作用を記述する基礎理論として、1966年に量子色力学(QCD)が提案されて以降、物質と相互作用の研究が長年に渡り進められてきました。

QCDは低エネルギーでは相互作用が強くなり、クォークとグルーオンは核子の中に閉じ込められて、QCDが持つシンプルで美しい対称性も壊れていきます。しかし、我々の日常的な低エネルギースケールの事象の中に、「もともとどのような対称性に支配されていたか」という痕跡を見出していくことは、多様な世界の根源的なからくりを理解していく重要なプロセスを与えていると言えます。

2005年、この低エネルギー(強結合)のQCDの性質が「ゲージ/重力双対性」という全く新しい概念によって、超弦理論の非常に簡単な計算で評価できることが明らかになってきました。これによって、QCDから直接議論することが極めて困難だった、低エネルギー(強結合)の複雑なシステムである中間子やバリオンなどの、観測可能な複合粒子の性質が、いまや超弦理論の枠組みで一意的に解明されつつあります。

一方で、QCDの予言として、クォークが集まってできる物質(クォーク・マター)は、物性物理学における金属超伝導体や超流動液体ヘリウムのようや性質を示すことも議論されてきました。また、超弦理論自身は、理論に「閉じた弦」が現れることによって、必然的に重力理論を含むことになり、天体核物理学における巨視的な重力システムと時空の構造の解明に、主要な役割を果たしています。従って、今回発見された「ゲージ/重力双対性」は、QCDと超弦理論、物性の凝縮系物理学や天体核物理など、多岐に渡る物理学諸分野の「懸け橋」としての役割も期待されています。

10次元時空上の多重Dブレーン構造と、誘起されたクォーク・グルーオン系