1.気−液界面電気二重層中のプロトン電気伝導に関 する研究(修士課程@名工大応用化学科)
気−液界面 上にリン脂質、脂肪酸単分子膜を展開した系は、生体膜モデルの1つと考えることができる。単分子膜の親水側表面に生じる電気二重層はバルクとは異なった電気的性質をもち、単分子膜表面に沿う横方向の電気伝導(表面電導と呼ぶ)、曳いては生体機能に重要な役割を担っていると考えられていた。しかしながらその
評価方法に関しては(当時)ひじょ〜にあいまい(例えばイオン勾配・自然拡散・気液表面への二酸化炭素吸着などを考慮しない電導評価)で確立されていると
は到底いえなかった。こうした状況下、我が吉田研究室では表面電導の定量的測定とその解析法を確立することを目的とした研究が長年続けられており、研究室に配属された4年次に私が引く継ぐこととなった(+修士課程の2年間行う羽目ことになっ た)。
表面電導の測定実験は非常にシンプルな考え方をベースとしている;注射針によって気液界面に単分子膜を展開する前後での界面付近の電気伝導度の差を測定する。が、定量のためには 展開前の電導度が安定でなければならないし、展開によって界面に吸着していた二酸化炭素や他の電導度に影響しそうな分子が拡散する影響や単分子膜と水の表面張力の違いによる影響、といったことも取り除かなければならないし、そもそも「界面付近の電気伝導度」って何なの??こうしたことを議論しつつ一つ一つ クリアして作った装置(手作り)が図1なる水平板電極装置と我が研究室が(勝手に)名づけた装置である。水はスーパーピュアウォータ(超純水)をさらに煮沸したものを使用し、完璧な窒素雰囲気、基盤からしこしこ作った電極(シアン化金カリウムによる電気金めっき、恐ろしい程の個数を作ったから、トータルでいったいどんくらい青酸ガスを吸ったんだろう?それでも致死量にはいかないかな?)、材質は基本、テフロン製(特に水の影響を受ける部分)、複素インピーダンス測定(主にコール・コール・プロット、抵抗とコンデンサの並列回路では複素インピーダンスプロットは半円になるんです。その径から電導度が求まりますし、電気容量から誘電率が求まります。界面に吸着した水分子の誘電率が導 ければかなり面白かったんですが、いろいろ足掻いたけど無理でした。)による評価等々。
この測定法 ではバルク中の電気伝導も同時に観測されるので、電極の形状からバルクの電導度を理論的に計算することにより表面電導を得るプログラムを開発した(といっ ても化学科の学生がMathmaticaで強引に作ったレベルのもの。今ならもっとまともに計算できるよなぁ…)。またこの他、単分子膜の表面電位を測定
する手法を確立して表面電導率の定量を可能とすることに成功した、が、これには結構辛い思い出がある…最初、振動電極法と呼ばれる方法で装置をつくった (ラジオをぶっ壊してコイルで振動させてる部分を取り出し、それに白金電極をつけた、振動コンデンサもどきによる微小電位測定装置)が、うまくワークしな い…M2の夏、それまで多分4月くらいから1日も休まず研究し続けたのは9月はじめ、連れと石垣島へ行くことになっていたから。その日があと1週間後に控えていた…それを知ってか知らずか、先生に「なにチンタラやってんだー!」ってこっぴど〜く説教くらう…でもね、先生、うまくいかないんは(アンタが薦め た)手法(振動電極法)が悪いからやねん!!イオン化法だったら成功させるからα線源買ってくれ!!ってな感じとなって、勢いで石垣島は(もちろん私だ け)キャンセル、高価なんでそれまでその購入に関し首を立てに振ってくれんかったアメリシウム241をようやっと説得して買ってもら うことになり、日本アイソ トープ協会に注文、9月末
にはイオン化法の装置を作成させました。はい、もちろん成功しました、石垣島と引き換えに(TT)。ちなみにこのイオン化法の原理はとても簡単で、平行版 電極を用意し、片方の電極にアメリシウムを埋め込み、そのアルファ線により空気中の分子がイオン化するために、電極間に電位差
が生じていると平行版電極に電流が流れ、この電流量から電位差が求まるって仕組みだ。
2.水素様イオンおよびミューオン原子における核分 極効果に関する研究(博士課程及びポスドク@RCNP)
水素様イオンやミューオン原子における準位エネルギーの実測値とスピン1/2を持つ粒子に対する相対論的量子力学方程式であるディラック方程式による計算値との間にはラム・シフトと呼ばれるわずかなずれが生じる。歴史的にはラム・シフトは水素原子の2s1/2軌道と2p1/2軌道のエネルギー差としてLambによって与えられ、それを説明するのにself-energy
diagram、すなわち電子の自己電荷電流補正が導入された(その結果だけを与えたSchwingerの式なし論文は…脅威…有り得んて…)。もちろん、陽子の有限電荷密度分布やその電荷による真空の分極(真空偏極)、重心補正等々、2s1/2軌道と2p1/2軌道を分裂させる効果は山ほどある。が、最初のラム・シフトの測定となった水素原子に関してself-energyがdominantであったがために「ラム・シフト=self-energy」というような定義をしたグループもあった。そのようなグループ(例えばロスアラモス)では、Zの電荷を持つ水素様原子の準位エネルギーEは
E=点電荷Zの下でのDirac解+有限核電荷分布補正+高次の核電荷分布補正(核分極補正)
+ラム・シフト+高次のラム・シフト+真空偏極+高次の真空偏極+重心補正+・・・
と表現する。一方で、ラム・シフトとは「点電荷Dirac方程式からのずれ」と定義したグループ(例えばミュンヘン)もあり(より一般的であるということから現在ではこの定義で落ち着いているようである)、その場合、Zの電荷を持つ水素様原子の準位エネルギーEは
E=点電荷Zの下でのDirac解+ラム・シフト
ラム・シフト=有限核電荷分布補正+高次の核電荷分布補正(核分極補正)
+Self-energy+高次のSelf-energy+真空偏極+高次の真空偏極+重心補正+・・・
と表現する。
このラム・シフトのうち高次の核電荷分布補正、すなわち原子核の内部構造に起因するものを核分極効果と呼んでおり、ミューオン原子においてはこの核分極効果の研究は精力的に進められてきた。核分極効果とは簡単に言えば「電子(ミューオン)の電磁場による核構造変化」を電子(ミューオン)の準位エネルギーを通して観測するということである。準位エネルギーを精密に測定することによって、核分極効果は原子核の構造を調べるツールとなることが容易に想像できるであろう。
我がボスはロスアラモスでこのミューオン原子やπ原子に関する実験グループに属し、理論計算を担当していた。もちろん原子核構造にも精通していた(何と言っても有馬さんの弟子)ため、核分極効果の理論、そして当時の理論計算の問題もよ〜く理解していた。私が博士課程に所属していた時期、タイムリーなことに、電子ビーム型イオントラップによる高多価イオン実験の進展があり水素様重イオンでも核分極効果の研究が始まっていた。ボスは当初私に3体計算や核融合の研究テーマに与えていたが、そうした背景があって、「電子原子におけるラム・シフト、特に核分極効果」をやってみないか、とD1の冬頃に話を振ってきた。QED計算には大変興味があったので(繰り込みを勉強してみたかったw)喜んでテーマを変えて勉強・研究を始めたが、このテーマにも大変辛い思い出がある。おかげでタバコをやめることができましたwその詳細はさておき、これまでの核分極効果の計算では原子核の運動は非相対論的であるという考えに基づき、一般的に電子・ミューオンと原子核との電磁相互作用にクーロン相互作用のみ考慮し、横波相互作用は無視されていた。しかしながらこうした計算では、ミュー
オン原子におけるp軌道微細構造分裂エネルギーの説明に至らずにいた(例えばP.
Bergem, et al. Phys. Rev. C37, (1988)p2821)。し、水素様重イオンでは電子の運動は相対論的となるため、クーロン相互作用のみを取るという近似そのものに問題があると予想された。そこで私は、全電磁相互作用を含めた核分極効果の信頼ある計算手法を確立し、水素様イオン とミューオン原子の核分極効果における横波相互作用の役割を明らかにすること、そしてこれまでに得られている核分極効果の実験値を再現する原子核模型の構築を研究目的として以後博士課程での研究に取り組んでいくことになる。
(a) 乱雑位相近似 (RPA)を用いた水素様重イオンの核分極効果のゲージ不変性
電磁相互作用のうちクーロン相互作用のみ扱うことを決めた場合、ゲージというものはもはや意味のなさない。なぜなら「クーロン・ゲージの第0成分(時間成分)のみしか考慮しませんよ」、と宣言したんだから。もちろんこれは近似です。この近似が良いと言えるのは、クーロン・ゲージの他の成分(空間成分)は第0成分に比べて無視できるくらい小さいと言えるケースだ(trivialなことだけど)。核分極効果においてこれらの相対的大きさをきちんと評価した人・グループはいなかっし、故に、「クーロン・ゲージの第0成分のみしか考慮しません」という宣言が正しい物理を反映しているかどうかわからなかった。
#補足:時間成分に比べ空間成分はv/cのオーダーだろう、且つ核分極効果は二次の補正なので空間成分は(v/c)^2のオーダー。なるほど小さそうだ…が、問題は観測量と比べてどうか、なのである。(v/c)^2が観測にかかるくらいの測定精度ならもちろん空間成分を無視すべきではない。
#補足の補足:水素様重イオン、例えばU^91+の電子1s1/2軌道の電子の運動はもはや相対論的である;電子の運動に限ると(v/c)は1のオーダー。空間成分は絶対に無視すべきではない!
というわけで、クーロン・ゲージの空間成分、俗に言う「横波相互作用」、を取り入れた全電磁相互作用による核分極効果を水素様Pbイオンで行うことにした。で、これは数値計算でこれまで誰も評価したことがない問題にチャレンジするわけだ(研究なんだから当たり前か)。特に最初なんだし自分の計算が合ってるのかどうか不安になりますよね??まずはクーロン・ゲージの第0成分を計算できるプログラムを作る(ボスのミューオン原子のプログラムをmodify、expand)⇒他のグループの結果を再現、ここまではいいや、比較できるし。横波は誰も計算してないんだから自分の結果を信用するしかない。でも、ここがゲージ不変性の有り難かったところ。クーロン・ゲージの結果は得ることができました。その横波が正しい結果を与えているかどうかは他のゲージで計算してそれとクーロン・ゲージの結果が一致するということが確かめられれば横波が正しく計算できているということが言えるわけだ。別のゲージの計算になるとノートやらプログラムやらを1から作り直さねばならないが、そこは学生、パワフルです。ファインマン・ゲージで作り上げて計算をやってみたところ、まあ見事に一致しないわけですよw
何が悪かったのか?ボスの一言「電子は相対論、原子核は非相対論。これは木に竹を接いでいるような計算だ」。その通り。原子核を非相対論的に扱ったんだからシーガル項(Schwinger termとも言う、これは共同研究者の堀川先生が指摘してくれた)を入れなければならない。それでかなり改善したが、まだ合わない。解決のヒントはRPA計算にあった。RPAでは原子核の励起状態を1particle-1hole状態のmixingで表現する(RPAの詳細は相対論的RPAのところで言うことにする)。核分極効果では電子から放出された光子により原子核が仮想的に励起し、particle-hole状態を作る。その中でdominantな仮想励起状態はdipole-mode(双極子モード)と呼ばれるもの。これは直線上の運動になるので、isoscalar成分、すなわち陽子と中性子が同じように運動するモードは単なる平行運動(重心運動)になってしまうため、「内部励起状態」にはならない。他方isovector成分は陽子と中性子が反対に運動するモードであるため「陽子数=中性子数」の原子核では重心は固定された「内部励起状態」であるし、「陽子数≠中性子数」の原子核では重心がふらついた「内部励起状態」となる。後者には重心運動が混ざっているため、これを取り除くことが必要で、一般には「有効電荷」というものを導入する。陽子と中性子の電荷に重心が抜けるような適切な電荷を設定するのである。
そう、双極子モードの計算には「有効電荷」を導入していたのだ!ならシーガル・ダイアグラムの多重極展開の双極子成分にも「有効電荷」を入れなければならないはず。お見事。ゲージ不変性が見事になりたっていることが確認された。こうして水素様鉛イオン1s1/2、2s1/2、2p1/2、2p3/2軌道のゲージ不変な信頼できる核分極効果の評価を初めて与えることができた。
なお、トータルの核分極効果値は2次のQED補正に対して1桁小さい程度であった。これはまだ観測にかかる値ではないが、それでも近い将来、観測にかかってくるものと期待されてい
る。
さて、横波の大きさを少し検討してみよう。面白いことがわかる。水素様Pbの1s1/2軌道に関して言えば、その中の横波の効果は10%程度だった。まあ、小さいと言えるであろう。しかし、中身を見るとそう結論付けてよいかどうか意見が分かれる。例えばシーガル項を除いた場合、結果は大きく変わってしまう。ゲージ不変性の定量性も全く成り立たなくなる。シーガル項は横波を含めてはじめて出てくる項なので、横波は極めて重要だとも言える。要はいろんなダイアグラム、いろんな成分のキャンセレーションの結果、観測量として得られる結果はクーロン・ゲージの第0成分のみで計算された結果と近い結果を与える、ってことだ。そんな感じで論文にまとめたら、すっげー修正を要求された…かなり長文のreferee reportだったけど要約すると「横波は必要ないと言え」ってこと。想像つきますよね、誰がrefereeなのか(ミュン○ンの…)。釈然としなかったがD3の12月に返ってきたので(これ通らないと博士号がもらえません…)急いで要求どおりの修正を行い、再提出。3月くらいにAcceptされました。あ〜しんど〜。
ちなみに論文の草稿は全て自分で書き、ボスに提出 ⇒ 戻ってきたら私の文章が影も形もありませんでした…英語はできませんよ、どうせ…
次のミューオンの論文もそう…ということで、自分の表現で書いた論文が雑誌に載ることになったのはさらにその次の論文まで待つことになる。D論は自由に書きましたけどねw
(b) ミューオン原子の核 分極効果における横波相互作用の役割
ミューオン原子は核構造を調べるツールとして早くから研究されている。例えば核電荷密度分布が1.2A^-1/3で記述できることはミューオン原子によって初めてわかったことである。ミューオンの質量は電子のそれの約207倍であるため、原子核を点と仮定した場合、ミューオンのBohr
radiusは電子の約1/207となる。実際の原子核は有限の大きさを持つためそこまで極端に小さくはならないが、それでも1/100程度にはなる。原子核が大きくなると電荷も大きくなるのでさらに半径は小さくなる。PbくらいになるとミューオンのBohr
radiusは6fmくらい。Pb自体の大きさも6fmくらい。よってミューオンが原子核の内部に存在している確率は50%以上にもなっているのである。これだけ近くにミューオンがいると原子核を構成している陽子や中性子の運動が乱されてしまうことが簡単に想像できるであろう。このミューオンが原子核を乱す核分極効果は、Pbにおいてラム・シフトのなかで3番目に大きい補正を与える(ちなみに1番は有限電荷密度効果、2番目は電子・陽電子場の真空偏極効果である)。
ミューオン原子の核分極効果を調べることは、それこそ原子核の内部構造を調べることに通ずる。そのような観点でロスアラモス、パウリ・シェラー(PSI)といった名高い研究所で研究が行われてきた。実験値は簡単な原子核模型で確かに再現ができているように見えた。が、それは観測精度が甘かった時期の話。実験データはミューオンを原子核にトラップさせたとき生じるX線カスケード、すなわちX線分光によるミューオン軌道の遷移エネルギーである。PSIではPbで数十eVの精度で測定されたが、ミューオンの典型的な束縛エネルギーがMeVオーダーというのと比較するとこの精度がどれだけすごいことなのかわかると思う。これだけ精度が上がってしまうと、もはやごまかしは効かない。核分極効果に非常に大きな矛盾があることがわかったのである。それはPb原子核のみならず、ZrやSn同位体でも次々に発見された。
これまでの核分極効果の理論計算では横波相互作用は無視されていた。これが原因である可能性は非常に高かった。というのも、観測されていた矛盾というのが核分極効果によるミューオンp軌道の分裂エネルギーであり、スピンに依存した相互作用は横波相互作用によってもたらされるからである。私たちは電子原子と同じようにミューオン原子においてもゲージ不変性を確認しつつ、核分極補正に関する再検討を行った。すると、予想通りミューオンPb原子の2p軌道分裂エネルギーはかなり改善することが示された。しかしながら、一方で3p軌道の分裂エネルギーのアノマリーにはほとんど改善がみられなかった。これは3p軌道が2p軌道に比べて原子核からの距離が非常に大きいため、核を乱す大きさに極端な違いがあることから当然といえば当然の結果である。また、改善したといっても2p軌道分裂エネルギーにもなおアノマリーは残されていた。こうして鉛原子準位におけるゲージ不変な核分極効果を初めて与え、その結果、ミューオン原子のp軌道分裂エネルギーの実験値を説明するためには横波相互作用が不可欠であることを明らかにしたが、たとえ全電磁相互作用を取り込んでも、なお計算と実験との不一致が残されることもこれで明らかとなった。
この不一致の原因をすべて核分極補正によるものと考えるべきではない。QED計算だって収束しているかどうかわからないし、そこでも数々の近似を施している。それでもなお敢えて核分極効果に関して考慮されなければならないことを挙げるとすると、一つは原子核の相対論的効果、もう一つは原子核−ミューオン間の共鳴である。前者は私の次の論文のテーマであり、さらにこれに関連することで新しい研究テーマが大阪大学RCNPで始まることになる。
(c) 相対論的RPAを用 いた核分極効果における負のエネルギー状態の役割
さて今日は相対論的RPAのお話を少しまとめておこうと思う。相対論的原子核模型に手を染めたのはミューオン原子における核分極補正計算にきっかけがあったと上で述べた。横波の効果(広義で言えば相対論的効果とも言ってよい)により実験的に同定されているPbの核分極効果との矛盾を改善できたため、FULLに相対論的効果を取り込めれば、もっとよい結果が得られるのではないかと考えられたからである。RPA計算は非相対論で相互作用としてMigdal力(Contact
term)を用いた計算コードをもっていたが、相対論のプログラムは持っていなかったので1から全部作りあげなければならなかった(けど、原理はよくわかってたので2ヶ月くらいで形にはなりました)。
相対論的RPA計算の一般的な取り扱いでは、まず対応する原子核の相対論的平均場を求め、そのときの核子の完全系を用意し、Fermi
levelまで詰めた核子のrandomな1particle-1holeを平均場で用いた同じ相互作用によってMixingする。particle-holeの際、相対論的取り扱いの特長として負のエネルギー状態からの励起も考えなければならないが、「no-sea approximation」と宣言することによって、負のエネルギー状態を非占有な状態と考えて「核子の詰まった正のエネルギー状態から空の負のエネルギー状態への遷移」を自由度の一つとして取り扱う。この自由度は言い換えると、「核子が詰まっている正のエネルギー状態には負のエネルギーからの遷移は禁止されるPauli blocking効果のみ負のエネルギー状態の寄与として考える」ということである(ここははっきり言って同意できませんね。矛盾が多すぎる。真面目にやろうとすることに文句言う人はやれないんなら非相対論に近似すればいいだろ?)。
1から作り上げないといけなかったので、まずは相対論的平均場計算のプログラムを手掛けた。最初はビビリながらでしたがw実はめちゃ簡単!核子の数を用意し、そのDirac方程式とKlein-Gordon方程式を連立して解いていくだけ・・・Klein-Gordon方程式により作られた平均場の下、Dirac方程式を解き、Dirac方程式の解の波動関数を集めて作られた核子の密度をソースとして再度Klein-Gordon方程式を解く・・・十分繰り返すと安定な解に収束する。そのときの核子の感じる平均場をつかって今度は詰まっていなかった核子の状態(正も負も)を計算することで核子の完全系が得られる(完全系となるのは平均場がエネルギー依存性がないとの仮定があるからだろって思うよね?でもこれもpreveilされています。要は無理やり簡単にしようとしたことですのであしからず)。
さて、核子の完全系ができました。後はRPA方程式を状態による行列固有方程式に変形して解けばよい・・・が!ここでちょっとした問題が生じました。行列方程式の次元は考慮する状態数(遷移数)に線形です。で、相対論でやると負のエネルギー状態が入ってきて、これが結構クリティカルな寄与を持ってくるんですよ。となると極端に考慮しなければならない状態数が増え、結果としてPbの5−とかになるとは余裕で1万次元を超えてしまう・・・もちろん対称性を駆使して半分の次元には落としてますよ。それでもこれ・・・当時のワークステーションでは計算できん!!ってことでPbの核分極効果の計算はあきらめ、O16で少し試しの計算を行ってみました。Oxygenなら考慮する状態数は少なくなるし、ミューオン原子に適用する際のMultipoleも2+くらいでよさげでしたんで。
補足;行列固有方程式にしちゃったから生じた問題。これを避ける方法としてRPAのBS方程式を直接解くというものがある(連続状態RPAとかとも言うけど、もちろんdiscretizeしても構わない)。BSを解く際にやはり運動量の行列方程式になるが、その次元は運動量のdiscretize依存なので核子の状態数には無関係。これならどんな巨大な原子核でも状態の和が入るだけで原理的には計算できるんでこっちのほうがいいですよね。ただし時間がかかることを除けば・・・ね(今は後者を使ってますわ)
補足;RPAでSelf-consistentに計算できたかのチェックには重心運動が除けたのか、RPA遷移行列要素の保存則が成り立ったのかを見るのが一般的。前者はかなりsensitiveで、ちょっと間違えただけで重心運動が全く抜けなくなるし。相対論的RPAで面白いのが非線形項を持つメソンが媒介する二体の相互作用の作り方。メソンのプロパゲータへのAdditionalな寄与は相互作用Lagrangianの2階汎関数微分なんですよね〜じゃないと重心が抜けません。平均場の作り方とはちと違うことに注意。で、このプロパゲータの作り方はFock項を考慮した平均場理論では使われるべき(と思う)。これ、今現在Hatree-Fock
+ RPAにて調査中。あ、そうそう、プロパゲータは数値的に解かざるを得なくなりますんでそのつもりで。
さあ、相対論的RPAでOxygenの中間状態が得られました。ミューオン原子に適用しよう・・・あれ?ゲージ不変性が・・・?もうseagull項は入らんはずなのに。原子核を相対論的に取り扱うとき、RPAでは基底に
負のエネルギー状態を(不完全ながらpauli brockのところだけ)含めなければならないことを上で述べた。もしそのように基底に負のエネルギー状態を含めるならば、RPAの固有状態 にも負のエネルギー状態が生じる!この負のエネルギーRPA固有状態は、核分極効果などの2光子交換過程ではゲージ不変な結果を得るために本質的
に要求されるものであった。なぜならそれらを入れて初めてゲージ不変性が成り立ったからである。この負の状態の寄与、何かに似てません?そうseagulll項に。非相対論的な模型と直接比較してみると、有効質量込みのseatull項に見事に一致することが示された。結果、ミューオン原子で物理的に重要となる相対論的効果とは「有効質量」である。今はOxygenでの議論だったが、それはPbに対して当てはめてみる、有効質量効果は矛盾を解決するに非常に重要となりえるということがわかる・・・
これはなかなか面白い結果だったのですぐに論文にしたかったけど、ボス(田中先生)がうんと言ってくれなかったのでずっと暖めていました。物性のPDに移ってからもそのままにしてて、んで、RCNPで土岐先生に雇われたときに陽の目をみました。約2年以上遅れて出た論文・・・でもこれは一発で通ったし、なんといっても自分の言葉で書いたものが載ったし・・・嬉しいw
さてちょっとした補足。負のエネルギーRPA固有状態を使ってゲージ不変性が成り立った、と言った。それはよい。正確な表現だ。でも、相対論的RPAをやっている人はすぐ疑問を持つであろう。「固有状態」??そう、一般にはRPAは固有値問題にはならない。メソンプロパゲータはエネルギーに依存するし、高い励起状態を記述すると当然メソンが飛び出してくる(エネルギーがメソンの質量を超えればプロパゲータが複素数となる)。したがってRPAで負のエネルギー状態を記述するときにはそのような自由度とともに計算されなければならず、そうした効果は遷移のstrengthを弱めるし、エネルギーを極端に変えるであろう。もちろん計算は、できる。面倒だけど難しくも無い。だが、それでミューオン原子に適用すると、ゲージ不変性が成り立たないのである・・・こうしたジレンマは次のような言い訳で逃れている(質問されたことはないけど)。それは「プロパゲータのエネルギーによる展開の0次近似まで取り扱っている」と。そこまでならRPA方程式は固有値方程式であり、結果、ゲージ不変性も成り立つ。そしてこれだけで十分良い収束が得られるであろう・・・と。次のオーダーの寄与もゲージ不変になるよう固有値方程式で扱えるようにすればいいだろうし・・・う〜ん、展開するってすばらしいw
(d) 相対論的原子核模型 によるミューオン原子の核分極効果の実験値との比較
相対論的な模型では核内部で核子の質量は小さくな る。このため核分極効果が非相対論的な模型に比べて大きくなり、相対論的平均場近似の枠組みではこれまで誰も説明し得なかったミューオン鉛原子における2p軌道の微細構造分裂エ ネルギーをきちんと説明することが可能であることを発見した。ま た3p軌道の微細構造分裂 エネルギーでは、ミューオン3p軌道の励起エネルギーと原子核の励起エネルギーが等しくなる共鳴効果により、同様に説明が可能であることを 示した。
3.核子-反核子真空偏極を組 み込んだ相対論的原子核模型の構築に関する研究
現在よく使われている相対論的原子核模型は、相対
論の重要な特徴の一つである反核子の自由度、すなわち核子-反
核子真空偏極は無視されている。この計算法を相対論的平均場近似(RMF)と呼び、真空偏極を含む
相対論的ハートリー近似(RHA)とは区別される。有限密度の核子-反核子真空偏極の自己無撞着な取り扱いは難しく、したがってRHAではその近似的な取り扱いしか行われていなかった。私が行った以下の研究では、原
子核における真空偏極の正確な取り扱いを可能とする計算方法を確
立し、原子核における反核子の役割を明らかにすることを目的とした。
(a)
RHAにおける真空偏極の
正確な取り扱い
真空偏極を計算する際に生じる負のエネルギー
領域の和を、虚エネルギー軸に沿った積分に置き換えて繰り込みを行う数値計算コードを開発し、それを平均場理論へ発展させた。こうして得られた核
子の真空偏極から生じる反発力のために、RMFでは非常に小さかった核子の有効質量(m*=0.6m程度;mは自由核子質
量)はRHAでは自由場のときのそれにかなり近づく(m*=0.8m程度)ことを発見した。
(b)
RHA+RPAにおける真空偏極の
正確な取り扱い
(a)で行った正確な真空偏極の計算は、以前に開発 されていた真空偏極微分展開法の最低次の計算と極めてよく一致すること、すなわち微分展開法が真空偏極計算に対して非常に有用な手法であったことを明らか にした。私は真空偏極の取り扱いが容易となるこの微分展開法を用いて核励起に対しても真空偏極を取り込んだ計算方法(RHA+RPA)を発案した。 計算された原子核のアイソスカラー双極子状態や電流保存則を確かめることにより、真空偏極を扱った計算ではこれまで誰も達成できずにいた原子核の基 底状態と励起状態の自己無撞着な取り扱いを可能とすることを示した。
(c) DBHFにおける真空偏極
「原子核模型はあくまで模型であり、模型に含まれる
パラメータには真空偏極効果が暗に含まれている」「原子核を記述する有効ラグランジアンにおいて考慮さ
れるべき項は沢山あるが、真空偏極はその優先順位は低い」
こうした議論に対する反論(もしくは確認)のためには、核子-核子相互作用によって決められた、所謂「裸の相互作用」から有限密度の原子核を構成し
(Dirac-Brueckner-Hartree-Fock;DBHF)、その際に真空偏極がどれだけ重要な効果となるのかを見てみるとよい。この計算
でわかった重要な点は、原子核のノーマル密度における核子の有効質量は真空偏極を取り入れることでやはり思うように小さくなれない、ということである。
4.電子ビーム、X線源開発に関する研 究(ポスドク@名工大)
一般的なX線 管では電子をターゲットに衝突させることによってX線を得る。衝突させる電子にはフィラメントを加熱することにより生じる熱電子を用いる ことが多いが、加熱による真空度の劣化や加熱用 電源・端子等のためのスペース確保などによって概して大型となる。X線 管の小型化のためには加熱 を必要としない電界放出型電子源を有するX線管が必要であった。一方ここ十年来脚光を浴びてい るカーボンナノファイバー(CNFs)は縦横比が大きく先端が尖鋭であること、物理的・化 学的な安定性、その導電性などの面において電界放出型の電子源として非常に優れた性質を持っている。私はこのCNFsを電子源として用いたミニチュア型X線管の可能性を研究した。
CNFsはアセチレンとアンモニアを真空中に配し、CNFsを作製させたい金属表面を加熱および電界を印加する化学気相蒸着法(CVD)を用いて作製した。CNFsを含む金属エミッ タは別のホルダーに移され、外径わずか10mmのミニチュア管内部にセットする。エミッタとタング ステンターゲットとの距離は2mmであり、CNFsが 大きな印加電圧(〜20kV)に耐えられるようにウエネルト電極をカバーした(図4)。
X線透影像の鮮明度はX線発生領域の大小に関係する。本研究ではエミッタに負の電位を印加したため、電界の向きは電子ビームが発散 する方向にある。しかしながらエミッタ−ターゲット間距離が短いこと、ウエネルト電極を用いたことにより非常に質良く絞られた電子ビームが得られ、鮮明な 透影像を撮影することができた。特にミニチュアX線管の生体への応用の可能性を追うべく被写体にね ずみの腕を取り上げたところ、体細胞による低エネルギーX線の細かな吸収分布が得られた。本研究に 用いたチャンバーは極めて小さいため、わずかな突起物があっても局所的に大きな電界が生じ、放電がたびたび見られた。またエミッタ−ターゲット間に大きな 電位を印加するため、CNFsエミッタが破壊されることもあった。このように各パーツでの電界強度 を知ることは非常に重要であったため、私は電荷重畳法を用いた電位・電界分布計算プログラムおよび荷電粒子ビーム軌道計算プログラムを開発した。