
20世紀の加速器科学の発達は、私たちの日常目にする物質がクォークとレプトンという基本粒子から成り立っており、それらの間に働く4つの相互作用が多様で複雑な世界を織りなしていることを明らかにしました。全体の質量の99.9%以上を担う原子核は、まさにこのクォークの多体系です。
超高温のクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)から、ハドロンへの閉じ込め、そしてハドロンどうしが結合した原子核にいたる様々な階層性は、自然界の奥深さを示しています。さらに、中性子星の中心部における超高密度クォーク多体系や、通常の原子核の枠を超えた新しいハドロン結合系など、未解明の領域が未だ多く残されています。
近年では、高密度・多体系の性質で注目される「三体核力(多体力)」をはじめとするハドロン間相互作用の微視的解明は、ミクロな階層からマクロな宇宙天体までを繋ぐ、現代の原子核物理学が挑むべき最大の核心の一つとなっています。私たち原子核物理学徒の使命は、これらクォーク多体系の存在形態の全容を解明し、宇宙開闢のビッグ・バン以来クォークがたどってきた物質宇宙の変遷を深く理解することにあります。
我が国は、大強度陽子加速器施設(J-PARC)におけるストレンジ・クォークを含んだ新しい原子核の研究や、理化学研究所のRIBF加速器施設における中性子過剰核の研究、さらに新元素ニホニウム(Nh)の発見など、世界最先端の大型施設を擁して世界の実験研究を強力にリードしてきました。同時に、全国共同利用拠点である大阪大学核物理研究センターや東北大学先端量子ビーム科学研究センターをはじめ、各大学の特徴ある中小規模加速器も、日本の分厚い研究・教育の基盤を支え続けています。
また、国外の大型加速器施設における国際共同研究の舞台でも、多くの日本人研究者が中心となって目覚ましい活躍を見せています。米国のRHICや欧州のLHCによるQGP研究、米国JLab電子加速器やドイツGSI/FAIRでの実験研究、米国ブルックヘブン国立研究所で建設が進められている次世代加速器「EIC(電子イオン衝突型加速器)計画」への主体的参画など、私たちは世界のトップレベルの研究を常に切り拓いてきました。
これらの実験研究は、世界トップレベルを誇る我が国の理論研究者の強力なバックアップがあって初めて可能となったものです。近年では、スーパーコンピューターを用いた第一原理計算や格子QCDによる核力・多体力ポテンシャルの導出が飛躍的に進展しているほか、マルチメッセンジャー天文学(X線・重力波天文学)との緊密な連携により、コンパクト天体の観測を通じた超高密度物質の状態方程式や宇宙の元素合成の謎へのアプローチも新たな局面を迎えています。
さらに、最先端の原子核実験から生み出される加速器技術や高性能放射線検出・計測技術は、医学や工学をはじめとする産業・社会応用へも直結しています。医療用RI製造といった「医学・医療」への貢献、そして最先端素材のナノ構造解析、宇宙機用半導体の耐放射線試験、高度量子ビーム創出といった「工学・産業技術」との緊密な連携により、基礎科学の枠を超えてイノベーションを創出する強力な原動力にもなっています。
1953年の発足以来、約650名の実験系研究者から構成される「原子核談話会」は、我が国の原子核物理学の将来計画を立案・推進する中核として歩んできました。近年では、ANPhA(アジア原子核物理連盟)やIUPAP(国際純粋・応用物理学連合)C12委員会を通じた国際連携、正式に「核理論懇談会」と共に発足させた「核物理懇談会」を通じた理論・実験の融和、次代を担う若手研究者の国際的な育成に努めております。
このホームページを通じて、他分野の研究者や広く一般の皆様に最新の知見を分かりやすくお届けするとともに、科学に心躍らせる多くの若者に、原子核物理学の持つ圧倒的な楽しさと、物質の根源に挑む醍醐味を伝えてまいりたいと考えています。
核物理委員長 関口 仁子
(京都大学)

我々の身近にある自然界の多様性は、宇宙開闢以来の物質の進化の帰結であると考えることができます。しかしながら、ビッグバンから始まった宇宙がどのような過程を経て現在のような姿に進化したのかということを解明するためには、解かなければならない謎が未だに数多く存在します。ビッグバン直後の高温下で自由に動き回っていたクォークとグルーオンがどのように陽子や中性子などのハドロン物質に閉じ込められていったのか、星の形成から超新星爆発にいたる星の一生において原子核はどのように反応し、重元素を作っていったのか等々、私たちは、基本法則から現在の世界が再構成される様を明らかにすべく研究に取り組んでいます。さらに、このような知的好奇心からの探究に加えて、現代社会における核の役割をどのようにとらえ、それにどのように取り組むべきか、その指針の基礎となる研究にも取り組んでいます。
現在の原子核物理学の発展において、日本の果たす国際的な役割は極めて重要です。このホームページで紹介されている加速器実験施設のいくつもが世界最高性能を誇り、注目される最新の実験結果を続々と生み出しています。理論研究においても、様々なアイデアや斬新な研究成果が数多く生み出されてきました。その背景には、実力ある理論研究グループが国内に多数存在し、それぞれの特色を活かしつつ、実験グループとの連携や理論グループ間の連携を大事にしてきたからです。
原子核理論研究者のコミュニティーである「核理論懇談会」には、全国各地の大学・研究機関から約450名の研究者・大学院生が集っています。素粒子論研究者とも関係が深く、ともに素粒子論グループを形成しさまざまな活動を行っています。一方で、上記のように実験研究と理論研究の間の密接な連携・交流が原子核物理の発展には欠かせません。このような背景から、2007年に、核理論懇談会(理論)と原子核談話会(実験)から成る「核物理懇談会」が設立され、このホームページも2012年に開設されました。
新元素113番の命名権が日本の研究グループに与えられ、日本にちなんだ名前が周期表に現れたというニュースは皆さんの記憶に新しいことだと思います。113番元素は言うまでもありませんが、 日本発の研究成果は数多くあります。このホームページをご覧になって、少しでもそのような魅力を感じて頂ければ、我々にとってそれ以上の喜びはございません。
2025年4月
核理論委員長 宇都野 穣
(日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター)