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理化学研究所 開拓研究本部
中間子科学研究室

山我 拓巳

Takumi Yamaga

主な経歴

2009年3月

仙台電波工業高等専門学校 電子工学科 卒業

2012年3月

仙台高等専門学校専攻科 情報電子システム工学専攻 卒業

2014年3月

大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻 博士前期課程修了

2017年4月

大阪大学核物理研究センター 教務補佐員S

2017年9月

大阪大学大学院 理学研究科 物理学専攻 博士後期過程単位取得退学

2018年3月

学位取得 大阪大学 博士(理学)

2018年4月ー現在

理化学研究所 開拓研究本部 中間子科学研究室 特別研究員

K中間子ビームを用いたK原子核の研究

この研究テーマとは大学院で出会いました。それまでは物性の応用工学的な実験研究をしていて、ふと「全く違うことにチャレンジしたい」と思い次の2つのポイントから分野を選びました。1)”実験室”に収まらない大規模な実験をしたい。2)応用ではなく原理的な研究をしたい。こうしてそれまでの研究とはまさに対局にあった原子核物理分野に進みました。数ある研究テーマの中で、不安定核などの研究テーマは説明を聞いて何となく理解できた(気がした)のですが、K原子核やΛ(1405)粒子(K中間子と核子の束縛状態と考えられている)の話は全く意味がわかリませんでした。(単なる私の理解不足だったのですが、)こんなに分からないのは「きっとこのテーマの”未知”の度合いが大きいからだ」と自分勝手に解釈しK原子核に関連するテーマを研究し始めました。

通常の原子核は、陽子と中性子(合わせて核子と呼ぶ)から作られています。これは安定核も不安定核も共通です。もう1つ視野を広げると、核子の代わりにΛ粒子に代表されるストレンジネスクォークを持つ粒子「ハイペロン」を持った原子核「ハイパー核」があります。共通しているのは、構成要素が全てバリオン(フェルミオン)という粒子群であることです。ところでバリオンに対して、メソン(ボソン)という粒子群も存在します。メソンも同じように原子核の構成要素に加わることはできないのでしょうか?なぜバリオンにだけ原子核における市民権が与えられているのでしょうか?実はメソンを構成要素として持つ原子核状態「中間子原子核」も存在することが理論的に予測されています。その1つがK原子核で、反K中間子を構成要素として持ちます。

これまで分かっている相互作用の強さから、K原子核はきっと存在すると予測されてきました。しかし確定的な実験結果はありませんでした。相互作用の理解を間違えているのか?計算に誤りがあるのか?それともなにか特別な”作り方”でなければK原子核を作ることができないのか?私たちはJ-PARCハドロン実験施設にて、大強度K中間子ビームを用いたK原子核の実験研究を行なっています。最近では、最も軽いK原子核である「KNN」と考えられる明確な生成事象を発見しました。発見した状態がKNNであるならば、その質量や崩壊幅はこれまでの相互作用の理解と矛盾せず説明できそうです。しかし内部構造を確定する情報は得られていないので、「反K中間子を構成要素として持つのか?」という根本的な部分が未だはっきりと分かっていません。少なくともK中間子ビームを用いることで、K原子核と思われる状態を効率的に生成出来ることは分かりました。今後系統的な測定を続け、まずは内部構造を確定したいと思います。

原子核実験は何かを「測定」するだけでも多大な労力が必要になります。検出器の設計・開発をする。論理回路を組んだりデータ収集用プログラムを書く。などなど。他の分野では極端な話「ボタンを押すだけ」で済む測定が多いと思いますが、原子核実験では実験それぞれに最適な測定システムを組み上げるところからスタートします。もちろんその前段となる、シミュレーションによる見積もりを含めて。それらを実際に自分の手を動かして生み出し、実験を行なってデータが着々と溜まっていくだけでも大きな達成感を得られます。もちろんその後のデータ解析において、目的の事象分布(質量スペクトルなど)が得られた時の喜びも大きいです。

逆に測定が失敗するときも多くあります。組み上げたシステムのどこかに間違いがあるわけですが、それを探すことや正すことで、自分の実験に対する理解がより一層深まっていく実感が得られます。また、失敗が多ければ多いほど最終的に成功したときの達成感は大きくなるように思います。まぁできれば一度でうまくいって欲しいですけど。 最近ようやく「ふしぎだと思うこと、これが科学の芽です」という朝永振一郎の言葉の大切さが分かってきました。以前は恥ずかしながら、たとえ不思議に思っても「自分が知らないだけできっとすでに解明されているんだろうな」と調べもせずに決めつけていました。芽が出てもそのまま枯らしていた、怠慢です。ですので研究についての認識も「ほぼ全てのことがすでに解明されていて、ある一部分残されている未知の事柄について掘り下げる」というつまらないものでした。ですが不思議を1つずつ丁寧に調べてみると、意外といろんなことが未解明のままであることに気がつきました。つまり研究は依然として「たくさんあるわからない事の中からある一部分について調べてみる」という、わくわくする状況だったのです。こうした当たり前のことを理解したことで、「自分の研究で分かったことがそのまま人類の知識の1ページになる」ということを改めて認識し、誇りとやりがいを持って研究をしています。

こうしたことから、何でもよく調べてみることの大切さを強く感じています。自分で調べても良いですし、その研究をしている方に直接聞いてみるのも良い方法です。親切で説明好きな方が多いので、(聞いていないことも含めて丁寧に教えて頂けます。そして自分の不思議を質問してみて、もし答えが得られなければ自分で深掘りしてみると、きっと面白い研究に繋がります。そうして自分の中の「原子核物理の世界」を広げていくことで、自分の研究の立ち位置も分かり一層やりがいを持って研究を進められると思います。

これまでの実験で発見した状態が「本当に反K中間子を構成要素として持つか」をまず確かめたいと思います。そのためには状態のスピン・パリティを決めることが重要です。K原子核のスピン・パリティは内部構造に密接に関わる量子数なので、もし達成できれば「反K中間子が構成要素として確かに存在しているか?」という根本的な疑問の答えに大きく近づけると考えています。予算的な問題が大きいですが、ぜひクリアしたいです。

もう少し長期的な話をすると、「反応」とそれによって作られる状態の「内部構造」の関係を調べたいです。漠然とですが、内部構造がシンプルなものならばどんな反応でもある程度作ることが出来る(”雑に”でも作れる)が、内部構造が複合的であるほど特定の反応でしか作ることが出来ない(”丁寧に”じゃないと作れない)のではないかと感じています。例えばK原子核に関して、K中間子ビームを用いる以外の実験手法でK原子核の生成を調べることで、反応と内部構造にどんな関係性があるかを調べたいです。

ハドロンや原子核はクォークと強い相互作用によって作られています。ハドロンや原子核を料理とすれば、クォークは材料、強い相互作用は調味料といったところでしょうか。材料であるクォークはたった6種類しかありません。そして強い相互作用というたった1つの調味料を使って、400種を超えるハドロンと、たくさんの原子核が作られます。どうしてたったこれだけの材料から非常にたくさんの状態が作られるのでしょうか?その原因は強い相互作用が持つ性質にあると考えられています。しかしその性質を厳密に計算することはできません。そこで、ある特徴的な性質や規則性を取り入れた「模型」を考えることで、様々な状態の作られ方やその間に働く相互作用の理解に役立てています。こうした模型は、理論的な基盤はもちろんですがそれまでの実験データを矛盾なく説明できなければなりません。得られた実験データに見え隠れしている特徴や規則性を見つけて、それを説明できそうな模型を考えること自体もパズルや推理ゲームをしているようでとても楽しいです。もちろん、そうした模型によって幾つかのハドロンや原子核を関連付けて理解できるとパズルが解けたような感覚でとても興奮します。

また実験に限った話では、様々な実験装置に実際に見て触れることができます。原子核実験は規模が大きいと言っても、(検出器周りに限れば)自分で全て把握できるくらいの大きさで収まっているので、色々な検出器、それらの信号を読み出す回路、データ収集系、そして解析、全てに手を出せます。私は他人が何かしているのを見ていると自分もしたくなる性格なので、興味の趣くままに手を出していけて楽しいです。実験準備の際に大型の検出器や巨大な電磁石を大型のクレーンで移動するだけでも、ロボットアニメに出てきそうなシーンを間近で見ているようでワクワクします。また加速器からのビームを利用する度に、某ライフルを思い出してはドキドキしてしまいます。加速器を使う実験はどうしても大掛かりかつ予算が大きくなってしまうので、数年に一度の低頻度になってしまいます。しかし準備段階も含め、常にワクワクしながら研究ができます。


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