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大阪大学核物理研究センター

小林 信之

Nobuyuki Kobayashi

この世界には秘密があるーーー。そんな台詞を聞くと、私はドキドキせずにはいられません。私がいるこの世界は一体なんなのか?何故私はここに存在するの か?この世界を支配する法則はなんなのか?子供の頃から物事の仕組みというも のに強い興味を持っていました。高校生になって物理という学問があることを知 り、その研究というものに憧憬の念を抱きました。幼少の頃は昆虫博士になりた いという漠然とした夢のようなものがあったのですが、高校生になって幾らか世 の中というものが見えてきた頃、自分は何をしたいのかと自問自答し、より基本 的な法則の研究ができたらいいなと思うようになりました。

原子核物理の研究を選んだのは、自分の存在に疑問を感じたからです。この世界 には、未知のことが沢山あって、人間が一生の中で知ることの出来ることは限られています。また、自分が死ぬまでにこの世界の法則を全て明らかにすることは 不可能でしょうし、人類がこの世界を全て理解できるかも定かではありません。 それでも、この世界の秘密の一端を解き明かすことに挑戦したいと思い、なにか ら手をつけたら良いかと思った時に、自分の体を構成する物質の起源はなんなの かを突き詰める研究をしたいと思いました。実は生命の誕生や進化といった研究 も気になっていたのですが、元素合成過程と原子核反応の話は私にとって魅力的 でした。また、理化学研究所のRIビームファクトリーが稼働を始めようとしてい た時期でもあり、この研究分野が日本で活発になると予感させられる状況でし た。これも私の選択を後押ししました。

私の研究は原子核反応実験を通して原子核の構造を探り、そこに働く核力のメカ ニズムを明らかにすることです。特に原子核の電気双極子(E1)応答に注目し、高 エネルギーの光であるガンマ線を活用して研究を行なってきました。研究対象は いくつかありますが、これまで私が精力的に研究してきたのは中性子ハロー核で す。1985年に谷畑らが最初の中性子ハロー核リチウム11を発見して以来、他にも いくつかの中性子ハロー核が見つかっています。この核では1つまたは2つの中性 子の波動関数が中心の核力を感じない領域にまで浸み出しており、その半径は異 常に大きなものとなります。さらに、ハロー核の表面付近には中性子の波動関数 のみが拡がっており、陽子と中性子の密度が極端に異なるという特徴がありま す。ハローの形成に必要な条件は2つあり、1つは核の中性子分離エネルギーが小 さいことです。典型的には1 MeV程度以下のときに波動関数がコア核の外まで拡 がります。安定核の束縛エネルギー約8 MeVに比べてこの値は極めて小さく、こ の条件が満たされるのは中性子束縛限界(中性子ドリップライン)近傍の非常に 弱く束縛した核に限られます。もう1つの条件は中性子の軌道角運動量が小さい ことです。従来は軌道角運動量が0である必要があると考えられて来ましたが、 最近の研究では1でもハロー構造を形成することが明らかになりつつあります。

中性子ハロー核は原子核の構造を議論する上で特に重要な系ですが、炭素より重 い領域ではハロー核の例が知られていませんでした。そこで我々のグループは新 しいハロー核を求め、稼働したばかりの理化学研究所RIビームファクトリーで 2008年に最初の実験を行いました。この時、私は修士過程の学生でしたが、でき れば研究の道に進みたいと指導教官の中村隆司氏に伝えていたこともあってか、 実験では最初からかなりハイレベルな役割を期待されました。なかなか辛かった ですが、辛くないと生きている実感が湧かない性格でもあるため、今となっては いい思い出です。この実験では、ネオンとマグネシウム同位体のクーロン分解反 応の測定を行い、ネオン31とマグネシウム37において断面積の異常な増大を見つ けました。この結果から、これらの核において中性子ハロー構造が存在するとい うことが示唆されました。これだけでも大きな成果ではあるのですが、比較のた めに測定していた核力分解反応のデータを上手く解析することで、中性子分離エ ネルギーとハローの軌道角運動量を同定できることを突き詰めました。この新し く開発した手法を用いることで、これらの核が変形したp波ハロー核であること がわかりました。マグネシウム37はこれまでに見つかっているハロー核の中で最 も重いものです。

今後のハロー核研究では、ハロー成分の軌道角運動量同定に加え、変形度を実験 的に特定することが重要であると考えられます。さらに、より重い領域における 系統的なハロー核探索実験も必要でしょう。ただ、次世代加速器を用いても核図 表上のすべての束縛核を生成することはできず、発見できる中性子ハロー核は中 重核領域までであろうと考えられています。他方、核の基底状態ではなく、励起 状態に目を向けると、未開の領域が広がっていいます。ハローの形成は弱束縛性 が鍵ですので、たとえ安定核でもその励起状態にハロー状態を持つ可能性があり ます。うまい実験手法を開発すれば、これらのハロー状態にアクセスできます。 実際、我々はこれらのハロー状態を同定するための手法を開発中であり、比較的 寿命が長く極端に大きなハロー状態であれば、見つけることができると考えてい ます。また、ハロー核の研究以外として、核のE1応答に注目し、核物理研究セン ターのグランドライデンスペクトロメータとゲルマニウム検出器アレイCAGRAを 組みあわせた実験キャンペーンを行いました。現在、鉛208のビグミー共鳴領域 に現れるの1-状態のデータ解析を行なっています。

原子核研究に限ったことではありませんが、未知のことをひとつずつ丁寧に解き 明かし、その知見を論文として発表するということは、大袈裟に言えば、人類の 持つ知識を少しずつ拡張していることに相当します。また、得られた知見は人類 共通の貴重な財産でもあります。このような研究の一端を担い、人類全体にその 知見を還元するということは、大変やりがいを感じることです。

もう少し具体的に日々の仕事に目を向けてみると、実験を成功させることは強い 達成感があります。原子核物理の実験はそんなに規模が大きくなく、全体を見渡すことができます。そのため、実験の責任者は専門性のある仕事に加えて、調整 やマネジメントを含めなんでも行うことになります。実験では人的リソース、時 間、資金、実験装置、ビームなどあらゆるものを準備して、一気に投入します。 これらすべてのリソースが揃わなければ実験は成功しません。イメージとして は、中小企業の社長のようなものでしょうか。また、実験準備の雰囲気は部活の 合宿のようだと表現する人もいます。実験準備中は謎の不具合やエラーに遭遇 し、メンタルは確実に削られてきます。それでも、平静を装い、考えられるあらゆる手段を用いて対処し、なんとか実験を遂行するわけです。あたかも苦行を課す僧侶のようだと思うこともあります。一方で、このように徳を積むことで得られる実験結果は、時に禁断の果実のように未知の情報が詰まっており、大変魅力 的なものです。大抵は苦労した分だけ得られるものも大きくなります。逆に言う と、いくら簡単な仕事をこなしても、大きなやりがいは得られないでしょう。大 変だからやりがいを感じるのだと思います。

研究をする上でメンタルを維持し、やりがいを感じることは非常に重要です。研 究は未知のことに挑戦することであるため、膨大な時間がかかりますし、大抵そんなに上手く進みません。運に左右される側面もどうしてもあります。理不尽や 不条理に耐え、辛いことも乗り越えて、小さな結果を積み上げることで、少しずつ前進していきます。私の場合は、日々の些細な成果にやりがいを見出し、一つずつ積み上げていくことを意識しています。今日何をして、何ができるように なったか。このような自問自答が重要だと感じます。また、備忘録の意味も含め て、このような些細な進捗をインターネット上に公表することも意識して行なっています。

挑戦的なことをやってみたいと思います。原子核物理学では、実現不可能と考えられる実験が多く存在します。例えば、核図表上の束縛している原子核をすべて 作り出すことは現状の加速器技術の延長では不可能であると考えられます。ま た、陽子と中性子を自在に原子核に付けたり剥ぎとったりするような操作を行う こともできません。もし、陽子や中性子を自在に操れるようになれば、ニホニウ ムといった重い元素も自在に作ることができるようになるでしょう。これは言い 換えると、原子核を構成する陽子と中性子を上手くコントロール手段がないこと を意味しています。従来、こういったことは不可能であると言われていました が、加速器と実験装置は日々進化しており、新しいアイディアを用いることでこれまで不可能とされていたことが可能になる明日がやってくるかもしれません。 知恵を絞り、革新的なアイディアを提案できたら良いなと思っています。

また、原子核というのは質量が狭い空間に押し込められており、地球上で最もエ ネルギッシュな場所と見ることができます。それ故に、原子核はさまざまな可能 性を秘めており、例えば原子核中でしか実現し得ない実験といったものもあるで しょう。さらに、原子核と超精密測定を組み合わせことで基礎物理への貢献も可 能になるのではないかと考えています。例えば、この世界の空間反転対称性の破 れ(いわゆるパリティ対称性の破れ)は放射性同位体のコバルト60原子核を用いることで確認されました。これは、実験手法の巧みさも優れていた実験ですが、 原子核を使うことで、量子力学的な一つの事象を観測しやすくしたということも 鍵となりました。このような系の特殊さに着目し、新しい実験を考えたいと思っています。最近は日々の雑用に忙殺され、なかなか新しいアイディアを考える時 間が取れないのですが、まずこの状況が改善されることを望みます。

原子核という系自体におもしろさが詰まっており、あたかも原子核は物理の玉手 箱のようです。ここでは自然界における4つの力のうち、重力を除く3つの力(電 磁気力、弱い力、強い力)が関わっており、このような系は地球上を見渡してみても他に存在しません。原子核はこれら3つの力が働く有限量子多体系であり、 時に集団的な振る舞いをしたり、時に構成核子のそれぞれの振る舞いが全体の性 質を決めることがあります。これらの振る舞いは観察の仕方を変えることで見えてくるものであり、原子核ひとつとってもいろいろな”表情”があります。また、 原子核では量子力学的な現象が顕著に現れてくるため、比較的簡単に量子力学を 実感することができます。さらに、原子核の性質を理解することは、パズルを解 いていくような側面もあり、原子核研究のおもしろさの一つです。原子核はさま ざまなおもしろさを内包する系ですが、一方で相互作用する多体系は一般に複雑 系となり、その性質を記述することは人類にとって最も難しい課題の一つです。 逆に言えば、このような系をすんなり理解できるようになれば、人類は自然に存在する複雑系を理解するための手段を手に入れたことになります。言い換えれば、人類は複雑な系を理解した生命として宇宙の中で一歩進化した新しい存在と いうこともできるかもしれません。原子核を完全に理解するのは、人間の脳では なく、人工知能になっているかもしれませんが、それは追々わかっていくことで しょう。将来的にどこまで原子核を理解できるのかという観点も興味深い点です。


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