RI施設における教育訓練教材作成のための

ヒヤリハット情報収集プロジェクト

放射性同位元素等の規制に関する法律(以下、「RI規制法」という。)では、IAEAのGSR(全般的安全要件)Part 2、「安全のためのリーダーシップとマネージメント」に対応した安全文化醸成活動を要求している。具体的には法第38条の4に許可届出使用者の責務として業務の改善、教育訓練の充実その他必要な措置を講ずることを規定している。しかし、その手段は学術的に確立しておらず、多くの施設が困っている。
ハインリヒの法則では、1つの重大事故の背景には29の軽微な事故災害があり、さらに数千の潜在的なトラブルがあるとされている。重大事故に至る前に、軽微な事故災害や潜在的なトラブルをひとつひとつ潰していくことで重大事故に至らないようにするという考え方から、近年多くの組織でヒヤリハット事象の報告を要求している。例えば、原子力分野ではニューシア という情報公開ライブラリーによりトラブル情報を公開している。中部電力には「失敗に学ぶ回廊」いう研修施設があり、過去に経験した事故・トラブルから学んだ教訓、これまで蓄積してきたノウハウを風化させることなく技術伝承していくたの研修に活用している。運輸業においてもJR西日本では鉄道安全考動館、日本航空では安全啓発センター、ANAでは安全の学び舎といった、過去の大事故の教訓を風化させないための施設があり、それらの施設は社員研修に利用されている。ところで、近年RIや加速器は共同研究・共同利用が進んでおり自施設の従事者が他施設を利用することが増加している。他施設で自施設の従事者が事故に巻き込まれても労働災害にはなるので、小さな事故やトラブルの情報を共有し、教育訓練に利用することは以前と比べて重要度が増している。
放射線管理において、ハインリヒの法則における「重大事故」を規則第28条の3で定められている報告対象の事故と定義する。事故等の数は平成18年度から令和2年度の平均で年4.5件程度であり、RIの使用事業所は約7500なので、1事業所あたりの事故数は0.0006件である。この数を使うと、数千倍存在しているといわれる「潜在的なトラブル」ですら、1事業所あたりでは年に1件起きるか起きないか程度の計算になる。つまり1つのRI事業所で集められるヒヤリハットは非常に少ないので、他事業所で起きたヒヤリハットの情報も得ないと安全の評価や改善につなげるのは困難である。そこでRI施設同士がヒヤリハット情報を共有することで、効率的な安全向上活動が可能になると考えられる。原子力分野ではニューシアという情報公開ライブラリーによりトラブル情報が公開されているが、放射線利用の分野ではデーターベースはおろか仕組みさえ存在しない。
放射線利用分野においてヒヤリハット情報共有のために、教育訓練教材作成のためのヒヤリハット情報収集プロジェクトを立ち上げた。令和4年度から4年間、科学研究費補助金「ヒヤリハット事例を生かした放射線利用における安全文化醸成のための教材開発」(研究代表者:鈴木智和、研究分担者:桧垣正吾、髙橋賢臣)により助成されている。本プロジェクトでは、様々なRI施設に対して、アンケート調査とヒアリング調査を行い、全国の放射線施設で起きたヒヤリハット情報を収集・分析し潜在的リスクを明らかにした上で、その結果に基づいた放射線安全教育資料の作成を行う。本年度は、アンケート調査を実施し、来年度以降は、アンケートの結果、重要なヒヤリハット事象や、その対応が良好なものについて、現地調査などを利用してヒヤリハットの原因やうまくいった仕組みを明らかにすることとしている。最終的にはヒヤリハットを基にしたパワーポイント資料を作成し公開することで、すべてのRI施設で教育訓練に使用できるようにする。なお、提供されたヒヤリハット情報は資料になるまで公開せず、原子力規制委員会への情報提供も行わない。

本事業は日本学術振興会科学研究費補助金JP22K02944の助成を受けています。