Project
原子核は1から300個程度の核子(陽子と中性子)からなる量子多体系です。 1900年代に発見されて以来、膨大なエネルギーを取り出せる核分裂や核融合から、奇妙な粒子がまざったハイパー核など様々な性質や構造・反応などが調べられてきました。 このように原子核物理学の歴史は古く、もうわからないことがないように思うかもしれませんが、触れれば触れるほど、多彩な描像を我々に魅せてくれます。 つまり原子核物理はいわゆる「スルメ曲」です。現在、私は主に以下のテーマについて研究を行っています。
下記のテーマに少しでも興味がありましたら一緒に研究してみませんか?
PHANES Project
Phanesプロジェクトとは、核子からなる物質の総称(核子物質)の巨視的な性質や構造を包括的に研究するプロジェクトであり、主に物質の基礎方程式である状態方程式や核子の超流動・超伝導現象(フェルミオン対凝縮相)を対象としています。 本プロジェクトでは、理研、東大、京大、阪大、新潟大、筑波大、東科大など様々な大学および研究機関と共同で研究を行っています。。 私はこのプロジェクトの一環として、アイソスカラー型巨大単極共鳴(ISGMR)の系統的測定することで、核物質状態方程式の解明に挑んでいます。 また、このISGMRの系統的測定を実現するための実験装置の開発も行っています。
ISGMRの系統的測定による核物質状態方程式研究
核物質状態方程式 (核物質EOS) は原子核 (数フェムトメートル) や中性子星 (約10kmの系) のような核子多体系の普遍的性質を記述できる基礎方程式です。 この核物質EOSは原子核の性質やダイナミクスを支配しているだけではなく、中性子星の性質、超新星爆発や中性子星合体のダイナミクスの解明にも不可欠です。
原子核分野では、大型の加速器を用いて地上のでの実験から、このEOSを解明したいと思っています。 最新の研究にて核物質EOSの解明には、非圧縮率のアイソスピン依存項が重要であることが示唆されています。 非圧縮率とは押し潰しにくさに相当する物理量であり、アイソスカラー型巨大単極共鳴(ISGMR)と呼ばれる原子核全体が膨張・収縮する共鳴モードから直接決定できます。 一見、難しく感じるかもしれませんが、これは例えるならものを叩いた時の音の高さから硬さを判断することと同じです。 この研究ではいろんな原子核の硬さを測定し、それらを比較することで非圧縮率のアイソスピン依存項(中性子と陽子の差に相関するような項)を抽出し、核物質EOSの解明に挑みます。
※また原子核にはISGMRの他にも様々な共鳴モードが存在しています。その一部を下に示しておきます。
巨大単極子共鳴 | 巨大双極子共鳴 | 巨大四重極子共鳴 |
---|---|---|
![]() |
準備中 | 準備中 |
アクティブ標的CAT-M開発
「CAT-M」はCNS Active Targetの略で、Mはサイズを表しています。(CNSは東京大学理学研究科所属原子核研究センターの略) この測定装置を一言で表すと原子核反応を撮影する三次元カメラです。 原子核反応を測定する実験では、加速器を使って加速させた原子核を標的に照射し、飛びててきた原子核を測定します。 飛び出てくる原子核のエネルギーは、測定したい反応ごとによって異なります。 ISGMRの場合はこのエネルギーが小さいため、通常標的から飛び出てこれません。 近年、標的自身が測定装置の役割もなすハイブリッドな装置の開発がなされており、このような装置をアクティブ標的と呼んでいます。 CAT-Mもまさにこのアクティブ標的であり、反応した瞬間の原子核の飛跡を測定する装置です(写真はここ)。
CAT-Mは加速した原子核を測定するBeam TPC(TPCは時間投影型飛跡検出器,Time Projection Chamberの略)、飛び出してきた原子核を測定するRecoil TPC、スリップシリコン検出器、撮影の感度を上げるための双極磁石から構成されています。 TPCは荷電粒子がガス中を通過する時にガス中の電子とぶつかり電離電子を発生させる性質を利用した飛跡検出器です。 検出器内に一様電場をかけ、電離電子を細かく分割した電極にて収集します。 この時の、どこの電極に到達したか、そのくらいの時間で到達したか、ということから三次元の位置を決定します。 いかにTPCの構造CAT-Mで測定した反応の一例を示しておきます。
TPCの構造 | 三次元 | 二次元 |
---|---|---|
![]() |
![]() |
![]() |
CAT-Mの初期バーションは2017年に完成しており、現在は更なる測定精度の向上に向けて、Beam TPCや双極磁石の開発を行っています。 測定装置開発は、みなさんが想像する物理学研究とは違うかもしれませんが、開発には物理の知識が不可欠で奥が深いです(とくに日常生活にも活用できる知識が増える気がします。)。 そして自分自身設計・製作した装置が動いた時の達成感はすごく、物作りが好きな人は楽しいと思います。 かくいう私も小学生の頃一番好きだった科目は図画工作でした。 また開発の過程では材料や回路や設計やネットワーク構築、プログラミング(AI・機械学習を含む)などを行う必要もあり、社会でも役に立ちそうな技能を研鑽できます。
SPADI Alliance
SPADI Allianceとはデータ収集システムの標準化と開発体制維持にむけた研究を行う共同体です。KEK 素核研E-SYS, 理研仁科センター、東大、東北大などが主体となって運営されています。 これまでの素粒子・原子核研究では各々の研究室で思うがままにシステムの開発を行っており、同じような装置やシステムが各研究室に点在していました。 SPADIでは、各研究室の知見や人材を集約を行っています。 さらにこのAllianceでは国際標準化をめざした次世代連続読み出し型のデータ収集システムの開発を行っている。 このデータ収集システムは電子・イオン衝突型加速器(EIC)のデータ収集・解析システムにも採用されています。(参考:日経, 読売)
SPADI Allianceでは複数のタスクフォース(データ解析用のプログラム(Artemis)開発、UI開発、波形ディジタイザの開発などなど)があり、興味のある開発に携わることができます。 また定期的にワークショップや勉強会、学生向けの合宿が行われており、普段の研究生活ではあまり関わらない研究者たちと交流できます。
大局的理論による$\beta$崩壊の理論計算
大局的理論は$\beta$崩壊の網羅的な計算手法であり、和則を満たす強度関数と終状態準位密度を用いて核行列要素を積分近似することで、簡便に核図表上の全原子核の半減期を系統的に予測できます。 この大局的理論は既知核における半減期をよく再現することが知られており、特に準粒子乱雑位相近似(QRPA)などのその他の計算手法では再現が困難な奇奇核の$\beta$崩壊において威力を発揮します。
太陽系に存在する元素のうち金、プラチナ、レアアースの大部分は、$r$過程(急速な中性子捕獲と$\beta$崩壊)によって生成されたと考えられており、この$r$過程は中性子星の連星合体や超新星爆発のような天体現象にともなって生じるため、中性子ドリップライン近傍の非常に不安定な原子核を経由して合成されます。
ドリップライン近傍の原子核は現状の実験技術では測定が困難なため、大局的理論のような網羅的な$\beta$計算手法が不可欠となってきます。