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宇宙線ミュオンとは? ― 実は皆さんの体も毎秒“貫通”されている

私たちの頭上には 24 時間 365 日,宇宙から「ミュオン」という素粒子が降り注いでいます。 これは宇宙線(高エネルギー粒子)が大気中で衝突すると生まれる二次粒子の一つで, 地表に到達する宇宙線の中では最も多い種類です。

ミュオンは電子より200倍以上重く,相対論的な速度(光速の99%以上)で飛んできます。 そのため,陽子・電子やX線よりもずっと強い透過力を持ち, コンクリート,岩石,建造物といった固い物質も簡単に突き抜けてしまいます。 実は私たちの体も毎秒100個以上のミュオンが通り抜けていますが,人間には影響がありません。

しかし,巨大な構造物を通過するとミュオンの一部は減速し吸収されたり, 散乱によって進行方向を変えられたりします。 その際,通る物質の密度が高いほど強く減衰します。 つまり,ミュオンの「減り方」や「散乱の大きさ」を調べると, 構造物内の密度分布が分かり,内部に何があるのかを推定できるというわけです。

この“透視能力”を利用すると巨大な構造物の内部を「見る」ことができます。 この手法は「宇宙線ミュオグラフィ」と呼ばれ, 火山内部のモニタリング,巨大建造物の健全性の調査, さらにはエジプトのピラミッド内部の空洞の発見など, 様々な応用が世界中で進んでいます。

本研究で開発するミュオン検出器 ― 高時間分解能・高位置分解能の2次元高抵抗板検出器

従来のミュオグラフィでは,透視に役立たない低エネルギーミュオンを 遮蔽体(鉄など)で物理的に除去していました。しかし遮蔽体には,

といった欠点があります。

本研究では,遮蔽体なしで高エネルギーミュオンのみを選択するために, 70ピコ秒の時間分解能でミュオンの飛行時間を正確に測定し(1ピコ秒は1秒の1兆分の1), ミュオンの速度からエネルギーを求めて 低エネルギーミュオンをデータ解析で除外する という新しい手法を用います。

これにより,遮蔽体を必要としない軽量・可搬型ミュオンシステムを実現し, 多様な観測地点への設置自由度が大幅に向上します。

地球科学との連携研究

本研究では開発したミュオン検出器を実際の火山研究の現場で応用することを目指しています。 火山地下のマグマの位置変化を検出するために,火山観測では重力計を用いる研究がなされています。 しかし,重力計が測定しているのは「その地点に作用する重力の総和」であり,

が重なって観測されます。 火山体には雨水が浸透し,内部には多量の陸水が存在します。特に重要なのが,大雨後に現れる「降水後の陸水変動」です。

この長期的な陸水変動の実態は十分に解明されていません。 大雨が降ると,重力計の周囲の地盤に雨水が浸透し,土壌の質量が増加します。 陸水による重力が加わるため,

が区別できなくなり,重力計の解釈を大きく困難にします。 さらに,陸水は大雨後も数ヶ月にわたり変化し続けるため, 重力計の時系列データには長期的な陸水の影響が重なり,マグマの動きとの切り分けが極めて難しくなります。

本研究では,ミュオグラフィを用いて陸水の変動をモニターし,重力計による重力観測と組み合わせることによって, この問題を解決しようとしています。 ミュオンは通過物質の密度に応じて減衰するため,重力計の周囲のどの方向で密度が上がったか(=陸水が増えたか)を知ることができます。 この情報を用いて重力計の重力観測データを補正することで, 「重力変化のうち,どれが陸水由来でどれがマグマ由来なのか」を初めて切り分けることが可能になります。

また,将来的には,様々な種類の土壌での陸水変動を系統的に調べることで,土砂災害などの予測に役立てることも期待できます。

【本研究での開発要素】高時間分解能・高位置分解能の2次元高抵抗板検出器の開発と地球科学での観測

本研究では,遮蔽体なしで高エネルギーのミュオンを選択するために 70ピコ秒の時間分解能でミュオンの飛行時間を正確に測定し(1ピコ秒は1秒の1兆分の1), ミュオンの速度からエネルギーを求めて 低エネルギーミュオンをデータ解析で除外する という新しい手法を用います。 さらに,200μm 程度の高位置分解能でミュオンの通過位置を測定することで, ミュオンの到来方向を精密に測定し,土壌中の水分量の測定など地球科学への応用を目指しています。 このような高時間分解能・高位置分解能を達成し 1m x 1m の大面積で測定する検出器として, 我々は高抵抗板検出器が最も有望であると考え開発を進めています。

高抵抗板検出器はガス用いた放射線検出器の1つであり,ミュオンが通過した際にガスがイオン化され,ミュオンの到来を検知します。 検出器に高電場を印加し,ミュオンによるガスのイオン化で電離した電子が加速すると, ガスを次々とイオン化する電子雪崩が起こり,大きな信号を得られます。 ガラス板を数百マイクロメートル間隔の多層に積み重ね,電子雪崩の位置のふらつきを抑えることで, 高い時間分解能を達成できることが高抵抗板検出器の特徴です。

本研究では

によって,高抵抗板検出器によるミュオン観測を地球科学に役立てようとしています。

  1. 高圧印加電極の最適化
    MRPCという検出器の内部では,高い電圧を安定してかけることがとても大切です。そのために、電極にどんな素材を使えばよいかを比べて調べます。市販のカーボンテープ、炭素スプレーで表面をコートする方法、銅のパッドと小さな抵抗を組み合わせる方法、導電性ポリマーという新しい素材などを実際に試します。そして、電極のどの場所でも電圧が同じようになるかを測定し、最も安定した方法を選びます。
  2. 信号用読出電極の最適化
    ミュオンがどこを通ったかをより細かく知るために、信号を読み取る部分(読出電極)の形を工夫します。読み出し電極の幅やガス増幅領域からの距離を様々に変えて試します。また,高圧印加電極の抵抗値の最適化も行います。
  3. 検出器ガスの封入の実現化
    高抵抗板検出器はガスの中で粒子を検出する仕組みですが、今まではガスを定期的に入れ替える必要がありました。これを改善するため、ガスを閉じ込めたまま長期間使えるようにします。フランスやポルトガルの研究グループがすでに成功している方法を参考にし、封入型検出器を試作します。また、時間がたつと性能がどう変化するかを見守る方法も確立します。
  4. 高湿度環境下での動作
    火山の観測場所は湿度が高く、そのままでは検出器に高電圧を印加できなかったり,検出器や電気回路が故障してしまうことがあります。そこで,高圧電極やコネクタなどが湿気に触れにくくなるように工夫したり、静音の防湿庫を応用したりして、高湿度環境での測定を可能にします。
  5. 陸水変動モニターの動作テスト
    雨のあとに地面にしみ込む水(陸水)がどのくらいあるかを調べるため、「陸水変動モニター」を試作します。1 m離して置いた高抵抗板検出器の2層セットを対象物(水槽など)の上下に配置し、宇宙線ミュオンがどれくらい散乱されたか,どれくらい遮蔽されたかを測ります。それらの情報から、対象物(水槽など)の密度を推定します。水の量を変えながら測定し、シミュレーションで計算した結果や重力計のデータとも比べます。
  6. ガス増幅領域ガラスの隙間の間隔と数の最適化
    高抵抗板検出器の中には、ガラス板のあいだにいくつもの「隙間(ギャップ)」があります。この隙間で電場が生まれ、ミュオンが通ると電子が増えて信号になります。隙間を薄くしたり数を増やしたりすると性能が良くなりますが、電気的に不安定になることもあります。そこで、隙間の厚さや数を変えた試作機を作り、性能と安全性のちょうどよいバランスを調べます。
  7. 混合ガスの最適化
    今まで使ってきた検出器ガスは代替フロン・ブタン・SF6の3種類を混ぜたものでしたが、種類が多いと扱いが難しく、入手が難しいガスもあります。そこで、ブタンを使わない混合ガスや、SF6を減らした混合ガスなど、よりシンプルにできる組成を試していきます。それぞれのガスで性能を調べ、時間分解能や位置分解能が十分に出るものを選びます。
  8. 大型高抵抗板検出器の製作
    これまでに最適化した条件をすべて組み合わせ、目標性能を実現した1 m x 1 mの大型高抵抗板検出器を作ります。そのうえで加速器のビームを使ったテストを行い、検出器全体としてどれだけ性能が出るかを確認します。さらに、ガスを入れ替えずに長期間使ったときに性能が変わらないかどうかも調べます。
  9. 火山観測環境で陸水変動モニターとして利用
    実際の火山観測所の地下にある坑道などに、陸水変動モニターを設置します。1 m離して置いた高抵抗板検出器の2層セットを、深さの異なる場所に配置します。宇宙線ミュオンの速度や散乱角、透過度を測り、そこから土の中の水分量を推定します。また、雨の量や重力計のデータとも照らし合わせて、モニターとしての性能を確かめていきます。