トップ   編集 凍結 差分 履歴 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS

最近の研究から

Last-modified: 2023-04-13 (木) 11:08:18
Top/最近の研究から

私の周辺で取り組んでいる具体的な研究テーマをいくつかご紹介します。

量子だるま落とし反応を用いた原子核の全貌解明

原子核の豊かな構造を解明する手段として近年注目されているのが、ノックアウト反応です(図1)。これは、量子の世界におけるだるま落としにたとえられる反応で、主に高いエネルギーをもった陽子のハンマーで原子核を勢いよく振り抜き、原子核の構成要素(様々な粒子)を叩き出して捕まえます。観測した粒子の運動量分布を量子力学で分析すると、もとの原子核の中にその粒子がどのくらい存在して、どのように運動していたかがわかるのです。ごく最近、重い原子核の中にいるα粒子(4He原子核)を初めて観測した仕事がScience誌に掲載されました。

researchfig1&2.png

一連のノックアウト反応研究は「おのころプロジェクト」と名付けられ、実験・理論の協力の下、推進されています。この名前は、古事記の国生み神話で日本発祥の地とされる「自凝島」からとられています(図2)。私たちのグループは、このプロジェクトで、ノックアウト反応の理論的な分析を担当しています。特に力を入れているのが、脆い粒を原子核から叩き出す反応の記述です。ガラス製のだるま落としを叩いたらどの程度ガラスは砕けるのか? また、砕けたガラスから、どうやってもとのガラスパーツの情報を引き出すのか? 量子力学的反応理論を駆使して、これらの問題に取り組んでいるところです。

核変換と元素合成への挑戦

原子力発電所でつくられる核廃棄物、特に10万年を超える期間にわたって管理が必要な長寿命放射性廃棄物の処理は、人類にとって極めて重要な課題です(図3)。この問題に対して、原子核反応を利用して核廃棄物の放射性レベルを低減化する試みがなされています。特に近年注目されているのが、重陽子を用いた処理です。重陽子は電荷をもっているため、加速器でのコントロールが比較的容易である上、陽子と中性子に分解しやすいという特徴を有しています。周回型の加速器で重陽子をコントロールし、標的核に何度も入射させると、やがて重陽子は陽子と中性子に分解します。中性子は電荷をもたないため、標的核に深く侵入し、高い確率で核変換をおこすことができると考えられているのです。

理論的には、分解の自由度を含めた重陽子の反応の記述が不可欠になります。九大グループが独自に開発した研究手法「連続状態離散化チャネル結合法(CDCC)」はこの手の分解反応を最も精度よく記述できるものですが、核変換に必要な反応(標的核が様々な核種に変化する過程)に直接適用することはできません。CDCCをベースとしつつも、抜本的な反応模型の改良が必要とされています。

researchfig3&4.png

他方、宇宙における元素合成に目を向けてみましょう。地上にある金(の一部)やウランは、原子核による中性子の捕獲とβ崩壊が、短時間で繰り返される過程によって生成されたと考えられています。その過程がおきる場所に関する学説が、この10年で大きく変わりました。現在、この過程は、中性子星同士の合体時におきると考えられているのです(図4)。しかし考えてみてください。中性子星の合体時、その場所には大量の中性子がいるはずです。原子核が中性子を捕まえる反応において、周辺の中性子はどんな役割を果たすのでしょうか? 私たちはごく最近、この環境中性子は反応中性子を加速し、元素合成の確率を有意に変化させ得ることを突き止めました。この結果をより一般化し、宇宙元素合成ネットワーク計算に組み込むことが今後の課題です。

原子核反応を基軸とした量子系の時間階層進化の研究

最後に、少し毛色の違う話を紹介しましょう。一口に原子核反応といっても、実はその対象は千差万別で、時間スケールでいえば\( 10^{-23} \)秒から\( 10^{-16} \)秒という極めて広い範囲にわたる現象を研究の対象としています。この時間の開きは、1秒と1年に相当します。反応のプロセスは、経過時間(反応の進行度)に応じて、直接過程、前平衡過程、複合核過程に大別されます(図5)。

researchfig5.png

ここで面白いのは、直接過程から前平衡過程に至るとき、系の量子性が一部失われているようにみえることです。具体的には、放出粒子がどの角度にどの程度飛んできたかをみたとき、直接過程では干渉縞模様がみられ、前平衡過程ではこれが消失するのです。縞模様は、原子核の異なる場所で反応がおきるプロセスが干渉していることの証左ですから、縞模様が消失するということは、この干渉性(量子力学の重要な特質)が失われているということです。さらに反応が進行した複合核過程となると、系の時間発展は古典的なランジュヴァン方程式によく従うことが知られています。このことを以て系が古典化したといえるかどうかには慎重な分析が必要ですが、少なくとも系の量子性に何らかの変化が生じていることは間違いないでしょう。反応の進行度(時間の経過)に応じて系の量子性が変化していく様子を、私たちは「時間階層進化」と捉え、原子核の階層だけに閉じず、多くの研究者たちとこの物理について議論しています。