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連続状態粒子振動結合法 (Continuum Particle- Vibration Coupling method)

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 私は昨年、原子核理論における極めて新しい新手法を開発し、物理学の学術論文雑誌フィジカル・レビューで発表しました (Phys. Rev. C 86, 034318, 2012)。新手法の名前は「連続状態粒子振動結合法」、英語では "Continuum Particle-Vibration coupling method(cPVC)"と名付けました。
■cPVC法の特徴
 cPVC法の特徴はハートリーフォック(HF)法で求める1粒子状態、連続状態RPA法で求める振動励起状態、そしてそれらの 状態間の結合を単一の有効2核子間相互作用(以下、有効核力)に基づき自己無撞着に記述する事です。そもそも、粒子振動 結合(PVC)法とはHF法で求まる1核子状態に取り入れられていない動的な高次相関効果を繰り込む手法です。その結果として、 HFの1核子状態はエネルギーの変化(エネルギーシフト)や多くの状態への分散といった影響を受けます。これは多体相関を 受けた1核子状態が記述できるということであり、いわゆる分光学的因子(Spectroscopic factor)も理論的に求めるこ とができるということです。
 実験的には、原子核の1核子準位は(d,p)反応や(p,d)反応で”測定”されていますが、その準位の実態は、反応における 入射粒子と標的核の間のチャネル結合を通じ、反応過程の中間状態において標的核が励起した状態と混合した状態(粒子振動結 合状態)であると考えるのが自然です。粒子振動結合法はそのような自由度を陽に取り扱うことができます。粒子振動結合の一 般的な振る舞いとして、フェルミ面近傍の1核子準位は低励起振動状態(低励起フォノン)との結合が支配的で、フェルミ面から 離れたhigh-lying及びdeep-lyingな1核子準位は巨大共鳴などの高励起集団運動フォノン状態との結合が支配的であるこ とが知られています。

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40CaのcPVC法による状態密度と実験的分光学的因子の比較。 (Phys. Rev. C 86, 034318, 2012)より抜粋。

 従って、非束縛な連続状態に埋もれている1核子共鳴状態や中性子ドリップライン近傍核などの粒子振 動結合状態を記述するためには、1核子状態と原子核の振動励起状態それぞれに関して、束縛状態だけではなく連続状態も陽に 取り扱う必要があります。cPVC法はそれを初めて可能にした画期的な手法であり、不安定核や非束縛系の構造を解明するために 有力な手法であると言えます。
■cPVC法による核子-原子核散乱反応
 しかし、上述の”測定された”実験データは実際には実験で得られた核反応の断面積を光学模型・歪曲波ボルン近似等の反応模 型を用いて解析されて導出された実験的分光学的因子のことであり反応モデルに起因する不定性が残されています。このような 不定性を排するためには構造から反応まで1つの理論の枠組みで計算し、観測量(断面積)と直接比較することが必要です。実は cPVC法は単体で断面積も計算できる手法でもあるのです。
 核子-原子核散乱反応を記述するためには光学ポテンシャルが必要です。フェッシュバッハの射影演算子の理論によれば、光学 ポテンシャルは反応の弾性チャネルと結合する様々なチャネルが弾性チャネルへ及ぼす影響の結果としてエネルギー依存性と非局 所性を持ち、複素ポテンシャルとなると考えられています。cPVC法は弾性チャネルと、標的核の集団励起フォノンと入射核子との 結合に伴う非弾性チャネル、核子捕獲チャネルを考慮した一種のチャネル結合法であり、自己エネルギーの虚数部分はそれらのチャ ネル自由度を陽に取り込んで導出される微視的な非局所光学ポテンシャルと解釈できます。また、cPVC法は有効核力に基づいた 自己無銅着な手法であるため、cPVC法を用いれば有効核力から直接的に微視的な光学ポテンシャルを導出できるということになる ため、従来の現象論的アプローチが難しい不安定核の光学ポテンシャルを決定する上でも極めて重要であると言えます。これまで の粒子振動結合(PVC)法では計算に離散基底を用いてきたために核反応への応用はほとんど行われてきませんでしたが、cPVC法で は連続状態を厳密に取り扱っているために核反応への応用を困難なく行うことができるようになったのです。

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cPVC法を用いた16Oを標的とした中性子弾性散乱反応の断面積。 (Phys. Rev. C 86, 041603, 2012)より抜粋。

■光学ポテンシャル≃量子多体相関
 ”光学ポテンシャルを司るのは粒子と標的核との結合(粒子振動結合)である”というのはcPVC法における光学ポテンシャルの 微視的描像です。粒子振動結合は、量子多体論に基づけばそれは高次多体効果(第ゼロ近似としての平均場や密度汎関数に繰り込 まれない動的な高次多体相関)の一つです。光学ポテンシャルは核反応において断面積の定性的かつ定量的な振る舞いを記述する 上で非常に重要であるということがよく知られています。つまり、cPVC法を用いた断面積における光学ポテンシャルの定性的か つ定量的な分析は有限量子多体系の多体効果を調べるということと同義であると言えます。
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